日本でも勃興するDeSci(分散型サイエンス)の最新潮流──分散するガバナンス、インフラ、エコシステム|濱田太陽
短期的な実益に結びつきづらい人文/社会科学の研究にとって、重要な課題の一つが「資金調達」です。その現状を打開するヒントを探るべく探究する連載シリーズ「研究資金調達のオルタナティブをめぐって」。
連載第4回では、今後のDeSci(Decentralized Science:分散型サイエンス)の発展においてカギになる、公共的なシステムをめぐる思想や開発について、Web3の思想の源流にも遡りながら論じました。最終回となる第5回では、日本におけるDeSciの取り組みを紹介します。
第4回の連載では、「なぜパブリックブロックチェーンは公共的なシステムを支援するのか」という問いに答えました。そしてその答えは、ブロックチェーンのエコシステムを拡大するために、DeSci(分散科学)などの公共的なシステムを支援する動機があるというものでした。
今回は、連載の最終回として、日本におけるDeSciの取り組みについて紹介します。
つい先日、2023年4月15日と16日に、私が組織委員長を務め、国内外の事業者や研究者を集めた「Decentralized Science Tokyo Conference (DSTC) 2023」を開催しました。このイベントでは、サイエンスにおける分散性に関わるシステムの階層構造を、組織内での人々が関わるガバナンスの層 /データやIPといったインフラの層/様々な組織が異なる目的や手段で共存しているエコシステムの層という3つの層で分類し、DeSciの取り組みを整理しました。
ガバナンスの分散性: 一つの組織の中で、意思決定に参加する人々が多様な目的を持ち、決定権が少数に集約されていない度合い。
インフラの分散性: データやIPなどが、特定の機関やサーバーに一元化されず、分散して保有・管理されている度合い。
エコシステムの分散性: 複数のプレイヤーがそれぞれ独自の目的や手段を持ち、自律的にその目的を達成するために行動している度合い。
以下では日本で活動する、もしくは日本と関わりのある組織や研究者によるDeSciの取り組みについて、この3つの観点からご紹介します。そして、最後に日本のDeSciの今後の展望についてまとめます。
1)分散的ガバナンスのプレイヤーたち
分散型ガバナンスに関与するレイヤーたちは、主にDAOを運営するコミュニティなどで構成されています。日本において活動しているDeSci系のDAOには、「Gftd DAO」や「CANNABIS DAO」が存在し、これらのDAOは研究活動の取り込みや支援を目的としています。また、厳密にはDeSciではありませんが、医療分野のDAOコミュニティである「Medical DAO」も注目に値します。
Gftd DAOは、発達障害者やギフテッド向けのコミュニティであり、コミュニティ内のウェルビーイングを支援する活動をしています。そのコミュニティのDeSci部門であるGftd DeSciでは、デンマークのオーフス大学の竹内 倫徳 准教授らとともにメンバーの遺伝子情報などの生体データを活用しながら、メンバーのウェルビーイングを促進し、副次的に出てきた知的財産権やデータを企業などに活用してもらうことで社会全体のウェルビーイングに貢献することを目指しています。
CANNABIS DAOは、大麻の医療活用を目指した研究プロジェクトを支援するDAO。支援した研究プロジェクトから生まれるIPなどを大麻関連の製品開発や医療に役立てることでDAOを運営していくことを目指しています。2023年6月には、DeSciのアクセラレータープログラムを運営するPsi Combinatorの4週間プログラムにも採択されました。近年、日常摂取可能な大麻成分であるカンナビジオール(CBD)も注目されており、今後議論が深まっていくことに期待しています。
さらに関連したプレイヤーとして「MedicalDAO」 (Founder: Shumon)にも言及します。Medical DAOは、「未来の医療をつくる」をビジョンに掲げ、ヘルスケア領域での新たな医療体制を構築していくことを目的としています。すでに、900名以上のコミュニティメンバーがおり、医療データ管理や医療AI教育コンテンツの充実を目指すプロジェクトなど、いくつかの取り組みが進行中です。GrantDAOとProductDAOを組み合わせ、未来の医療をつくるプロジェクトをsubDAOとして構築していく予定となっています。
今回紹介した分散型ガバナンスのプレイヤーたちは、特定の目的を持って活動しており、コミュニティメンバーが自治を決定するという意味で、分散型ガバナンスを志向しています。今後は、実際にスマートコントラクトを活用する取り組みも増えていくでしょう。
2)分散的インフラストラクチャーのプレイヤーたち
分散型インフラストラクチャーには、分散型データ管理、日常データ計測デバイスを利用したデータインセンティブ、学術出版に関わる領域での取り組みがあります。データ管理のためにどのようにブロックチェーンを活用するのか、データ取得のインセンティブ等をどのように管理するかというシステム開発が重要です。
2.1) パーソナルデータの分散管理
分散型データ管理は、分散型インフラストラクチャーのコアとなる領域だと筆者は考えています。その理由として、分散型ガバナンスの取り組みが増えるには、インフラレベルでの整備が前提となっているからです。ここでは、日本で取り組まれているいくつかの事例を紹介します。
パーソナルデータの分散管理は、病院や研究機関などにデータを貯めるのではなく、マイナンバーなどのような個人番号などに紐づけられたアカウントを用いて、個々人が自身のデータを管理することを指します。GoogleやFacebookなどのプラットフォーム企業は個人データを活用して広告などで莫大な利益を上げていますが、これに対して個人データ保護の観点から発達しているのがパーソナルデータの分散管理であり、DeSci以前より取り組みがある領域です。
東京大学の橋田 浩一教授らのグループでは、すでに医療機関や埼玉県の教育委員会などと連携し開発を行なっています。国が取り組むムーンショット型研究開発事業の目標9『2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現』にも採択されており、AIと分散型データ管理が構築する世界に向けて研究を行っています。
さらに、シンガポールに拠点を持つHealthQuant (Co-founder: 佐藤 創)は、世界各国のチームと協力し、医療データを活用するためのインフラを構築しようとしています。HealthQuantでは、遺伝子データのメタデータをブロックチェーンと紐付けて、企業がプラットフォームを通じてアクセスできるようにし、そのデータが売却される際にはその利益の一部がデータの保有者に還元されるという仕組みを目指しています。
2.2) 日常計測デバイスを用いたデータ取得とインセンティブ設計
データの管理にブロックチェーンを活用するだけでなく、スマートコントラクトを利用したデータの利用に対して報酬などを付与するインセンティブも重要な取り組みです。瞑想アプリであるMindland (運営会社: DeMind Inc.、Founder: 湯川 直旺)は、瞑想中に取得される脳波、脈拍、呼吸などのデータを研究や企業と共有し、その利益からデータ提供者へ暗号通貨という形で報酬を付与するモデルを提案しています。また、京都工芸繊維大学の水谷 治央 特任准教授らは脳波などのデータを取得する日常計測デバイスを独自に開発しており、サントリーや神戸市と連携して実証実験を行なっていて、Mindlandと同様の収益モデルを提案しています。このようにデータの共有や流通のためだけでなくデータの取得にブロックチェーンを活用する動きがあります。
分散型データ管理とインセンティブ設計と似たような領域に、データ連合と分散型臨床試験の取り組みもあります。データを共有せずに機械学習のモデルのパラメーターを共有する仕組みである連合学習(Federated Learning)では、データを提供する人たちの連合(データ連合)へ参加してもらい、データのクオリティや信頼性に応じて報酬を付与する仕組みにブロックチェーンが活用できないかという議論も始まっています。
データのみならず、臨床試験においても個人を中心とした医療体制が目指されています。分散型臨床試験という取り組みは、従来の病院中心の医療体制から脱却し、患者、被験者、あるいは一般の個人を中心に据えた医療体制の構築を目指しています。分散型臨床試験では、個人、臨床試験用のデバイスやデータが集約されます。これらの取り組みは必ずしもブロックチェーンが関連しているわけではないですが、非常に相性がよく、今後ブロックチェーンを活用するかどうかといった議論は増えていくでしょう。
2.3) 学術出版とブロックチェーンの融合
学術出版に関する課題に対して、日本でも新たな提案が始まっています。九州大学の山田 祐樹 准教授らのグループは、研究の事前登録、倫理委員会による研究審査、予算分配を一本化した三位一体の査読、Trinity Reviewモデル [Oka et al., 2022; Mori et al. 2022]を提案しています。彼らは心理学者などが集まって「MinDAO」という組織を作り、科学における新たなエコシステム構築に挑んでいます。その実現にブロックチェーン活用も合わせて提案しており、今後は実施も検討されていくでしょう。
DeSciの成否は、この分散型インフラストラクチャーの領域がどこまで成長するか次第だと筆者は考えています。その理由として、分散型ガバナンスの取り組みが増えるには、インフラレベルでの整備が前提となっており、この領域が成長すればあまり注目されない領域にも投資や資金がめぐる可能性あるからです。今後日本でどのような取り組みが増えていくのか注目していく必要があるでしょう。
3)日本のDeSciを支えるエコシステム
最後に、日本のDeSciを支えるエコシステムですが、日本でDeSciの取り組みを支援したり、研究分野として取り組んでいたりするなどコミュニティ、メディア、研究者ネットワークなどの取り組みも広がっています。
まず、DeSciのコミュニティ。「DeSci Japan」 (Founder: 伊山 京助)は、DeSciの普及・発展に貢献するために設立されたコミュニティであり、学生向けのコミュニティであるDeSci Japan Youth(代表: 岩瀬 すみれ)とともに普及活動を行なっていく予定です。4月に行われたGitcoin Beta Roundでは、ハッカソンやピッチコンテスト等を実施していくことが示されました。
次に、DeSciを取り上げるメディア。この領域については筆者も大きく関わっています。本連載を行なっている人文・社会科学系のアカデミックインキュベーションプログラムである「De-Silo」は、研究者に向けた循環するエコノミーの構築のためにクリエイターエコノミーやDeSciについて関心を持っています。また、科学の科学について取り上げるポッドキャストである「Metascientia」は、筆者含め高木 志郎、やちま、佐藤 究の4人で共同運用されています。
ブロックチェーンを活用することを目的とした研究組織やイニシアティブもすでにいくつか立ち上がっています。ジョージタウン大学の松尾 真一郎教授 (Cyber SMART研究センターのディレクター)が暫定共同チェアを務めるBlockchain Governance Initiative Network (BGIN)は2020年より発足しており、BitcoinとEthereumの開発者、ブロックチェーン関連分野の研究者、各国の金融当局の担当者などが所属した団体です。すでに、8回のミーティング開催を実施しており、今後もより世界各国でのステイクホルダーを巻き込んだ議論が進むでしょう。
日本における研究拠点もいくつか立ち上がっています。例えば、2018年より活動開始している東京大学ブロックチェーンイノベーション寄付講座は、ブロックチェーン技術の社会実装、研究開発、人材開発の3つを目標にトークンエコノミー・クリプトエコノミクスなどの研究に取り組んでいます。また、大阪大学では2021年よりスマートコントラクト活用共同研究講座が開設されており、スマートコントラクトの産業活用を目指した研究を行っています。スマートコントラクト活用共同研究講座では、Solidityエンジニアとして著名な落合渉悟も名を連ねています。
ブロックチェーンという観点で研究しているわけではないですが、いかに有限である資源(前回の連載で取り上げたコモンズもしくは社会的共通資本)を管理するという視点で研究講座も研究部門が始まっています。京都大学は『社会的共通資本と未来寄附研究部門』を設立しました。また東京大学マーケットデザインセンターには『社会的共通資本寄付講座(松島 斉 教授、寄付元: 株式会社良品計画)』が設立されています。コモンズや社会的共通資本の管理という視点は、ブロックチェーン界隈でも議論が活発に行われている領域であり、日本でも議論されるのは非常に有意義だと筆者は考えています。
他にも、学術系クラウドファンディングの アカデミスト(CEO: 柴藤 亮介)は、積極的に分散的ガバナンスの手法である2次ファンディングなどに注目し実際に取り入れるなどの取り組みも行なっています。
今後は、国内における連携や取り組みも広がっていくだろうと筆者は考えています。
今後の日本におけるDeSciの取り組み
DeSciの各地域の拠点(出典)
今回は、日本での取り組みについて、分散的ガバナンス、分散的インフラ、エコシステムの観点で紹介してきました。今後は、日本国内での小さなコミュニティや実社会での試行錯誤が行われ、成功するモデル・失敗するモデルが明らかになり、その文脈などが共有されるでしょう。
また、この章の最初に紹介したDSTC2023には、海外のプレイヤーたちも参加し、DeSci Tokyoの海外でのプレゼンスも出てきました。すでに、DeSci Berlin、DeSci London、DeSci NYCといった欧米の拠点だけでなく、DeSci AfricaやDeSci LATAMといった拠点での活動も立ち上がりつつあります。日本国内での連携だけでなく、海外拠点での連携や交流が進むことでDeSciのより大きな動きに繋がっていくでしょう。すでに筆者のところには、TwitterやTelegramを通じて、交流を求める声も増えてきていますし、海外のDeSciプレイヤーと日本の拠点の連携が進んでいるところもあるようです。このような動きの中で、数年後DeSciがどのような姿をしているのか筆者は非常に楽しみにしています。
この連載では、DeSci、分散型サイエンスの背景 (第1回)、その可能性 (第2回)、課題 (第3回)、公共的システムとの関係(第4回)、日本の取り組み(第5回)をそれぞれ紹介しました。執筆途中でどんどん取り組みが増えていき、盛り込む内容が増えていきます。非常に速いスピード感でエコシステムが拡大していくのを見つつ日本でも何か取り組みを増やしていきたいと思っていた筆者にとって、DSTC2023を開催し日本と海外が結びつく場所ができたのは非常に嬉しい出来事でした。今回盛り込むことができなかった日本における法的課題については、今後取り組みが増えていく中で浮き彫りになるでしょう。
DeSciに興味がある人たちが活動を一緒にできる場所がこれからもっと増えていくことを願っています。
参考文献
Mori, Y., Takashima, K., Ueda, K., Sasaki, K., & Yamada, Y. (2022). Trinity review: integrating Registered Reports with research ethics and funding reviews. BMC research notes, 15(1), 184. https://doi.org/10.1186/s13104-022-06043-x
Oka, T., Takashima, K., Ueda, K., Mori, Y., Sasaki, K., Hamada, H. T., Yamagata, M., & Yamada, Y. (2022). Autonomous, bidding, credible, decentralized, ethical, and funded (ABCDEF) publishing. PsyArXiv. https://doi.org/10.31234/osf.io/t4kcm
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