「寄付募集の科学」への招待。“健全な”市場の実現にむけて──寄付研究者・渡邉文隆
昨今、クラウドファンディングや社会起業の普及に伴い、アメリカに比べて寄付文化が根付いていないと言われる日本でも、少しずつ「寄付」が広まり始めています。さらには人文学の領域においても、主に哲学や文化人類学といった分野で、贈与論についての議論が蓄積されています。
そんな中、主に経営科学やマーケティング論の観点から、寄付や寄付募集の実際的なメカニズムを解明しようとしているのが、実務の傍ら信州大学社会基盤研究所で寄付を研究する渡邉文隆さん。渡邉さんは、もともと京大iPS細胞研究所にて基金室長を務めた寄付募集の実践者でありながら、現在は経営科学の見地からファンドレイジングを研究しています。
「寄付募集の科学」というレンズを通すことで、少しずつ寄付という文化が広まりつつある現代の日本はどのように見えてくるのでしょうか? 「寄付市場」の意義と特性から、その市場を対象とした科学の現在地まで、「寄付募集の科学」を概観していただきます。
渡邉 文隆(わたなべ・ふみたか)
実務の傍ら、2020年4月より京都大学経営管理大学院博士後期課程にて寄付を研究し、2023年3月修了。博士(経営科学)。マーケティング、ファンドレイジングが専門。信州大学社会基盤研究所特任講師を兼務。過去には家族の病気がきっかけで京大iPS細胞研究所へ着任、2019年4月から基金室長。2020年から大学関連法人で寄付募集を担当。青森県弘前市出身。
社会の行く末や人命をも左右する「寄付」
「寄付」という行為はささやかな善意に基づくもの、という印象があるかもしれない。しかし、実はこの行為は、私たちの生きる社会を大きく変えるような力を持っている。
例えば、ビル・ゲイツ氏をはじめとした資産家が行う、「どのような趣旨の活動に寄付をするか」という意思決定について考えてみる。寄付者は、民主的に選ばれた代表ではない。しかし、寄付先が比較的小さい国である場合には、一国の教育・保健政策のあり方まで左右しうる意思決定だ。
近年は巨額の寄付が先端的な研究機関に投じられる例も多く、その国が築く知的財産に対しても、寄付が影響を与える。ChatGPT、GPT-4で知られるOpenAIも、2015年に10億ドルの寄付受け入れが発表されている。
寄付の力は、教育や研究といった長期的な課題だけではなく、人々の命にも関わる。
他者を助けるための最善の方法を見出し、それらを実践することを目指す「効果的利他主義」に沿って最貧国に提供された寄付は、先進国での同額の寄付と比較したときに180倍もの数の命を救うという。
ソーシャルメディアの発達や一部の人々への富の集中によって、いま、私たちは、社会の行く末や助かる命の数が寄付によって左右される時代に生きている。
それにもかかわらず、寄付という現象について、私たちはあまりにも無知だったとは言えないだろうか。
「寄付の科学」と「寄付募集の科学」
ある現象をより深く理解したり、その現象の予測可能性を高めることは、科学的アプローチの得意分野だ。
そもそも寄付は、経済的な利益がマイナスの行為だ。それにも関わらず、人はなぜ寄付をするのだろうか?
この問いは、合理的な経済人を前提として考える経済学にとっては特に興味深い問いだったのだろう。多くの研究が、この問いに関連して行われてきた。また、心理学も同様に、寄付についての研究を積み重ねてきている。
経済学や心理学に限らず、この20年間で、寄付に関する研究論文の数は激増している。いわば、「寄付の科学」に関する研究が花開いてきている。
人々は災害時に1つでも多くの命が救われる、という社会的なインパクトや、お世話になった母校に貢献する、といった満足感のために寄付をする。こうした行為を分析し、人間や社会について理解を深めるということは、望ましいことだと言えるだろう。
しかし、それを応用した「寄付募集の科学」となると話は簡単ではなくなってくる。
人が寄付をした理由としては、「頼まれたから仕方なく」ということもあれば、「毎年のことだから」といって惰性で出している寄付もあるだろう。断りにくい依頼の方法や、惰性で寄付をさせる方法を科学的に検討していくというのは、研究の課題設定として倫理的にも問題があるようにも思える。
その一方で、効果的でない寄付募集で資金が無駄になるよりは、効果的な寄付募集が行われる方が好ましいはずだ。倫理的な考慮を十分に行った上で、寄付募集を科学的に考えることには価値があると思われる。
マーケティング研究から「寄付募集」を考える
それでは、「寄付募集の科学」には、どの学問分野から取り組むべきなのか。
大量生産した製品を大量に販売するための手法として生まれ、発達してきたマーケティングという分野は、様々な社会問題の原因にもなってきたと批判されることも多い。しかし、マーケティングは社会の在り方を変えるほどの力を持っていたとも言える。経済学や心理学といった学術研究の理論を基に、それを現実世界に適用できる示唆を生み出すという意味では、経営学、中でもマーケティング論というのは、寄付募集の科学に貢献できる可能性がある。
寄付の自発性は、十分に尊重されなければならないが、もしも「寄付を効果的にマーケティングする」ことができたらどうだろうか。取り扱いに際して細心の注意を要するこの問いは、寄付によって救われる人の命を左右するという意味でも、長期的な社会インフラのあり方を左右するという意味でも、極めて重要なものだ。
寄付をマーケティングするという発想は実はかなり昔からあり、その流れの研究も米国などを中心として、多数行われてきている。
一人ひとりの寄付は自発性に基づくものであるため、完全な予測は不可能だ。しかし、マーケティング研究に基づくある程度の予測は可能とも言える。例えば、これまでの年平均寄付額が低い人から、今後において高額の寄付が寄せられる確率はかなり低いということが、30年以上前の論文で指摘されている(Lindahl & Winship, 1992)。
一方で、こうした先行研究は、ほとんどが特定の手法の効果を検証して理論的な貢献を目指すものや、1つの組織がいかに効果的な寄付募集を行うか、という問いに対する貢献を目指しているものが多く、「市場全体を伸ばす」ことを目的とした「マクロマーケティング」については文献が少ない。近年は、「どのような分野に寄付が集まりやすく、逆にどのような分野には寄付の恩恵がもたらされにくいのか」がよく研究されている(Body & Breeze, 2016)。こうした研究は、寄付のマクロマーケティングに貢献する知見だ。
寄付を「市場」として捉える
マーケティング論では、対象となる「市場」を分析するというプロセスを踏まないわけにはいかない。善意や良心に基づく寄付を「市場」として捉えることには一種の居心地の悪さを覚えるが、社会全体に流通する寄付の量を健全な形で増加させることは、先述のとおり社会全体にとって重要なことだ。
日本の寄付市場は、実は1兆円を越える市場規模がある。『寄付白書2021』によると、法人寄付は約6,700億円、個人寄付が約5,400億円もの市場である。ふるさと納税はこれらとは別に6,700億円ある。米国の寄付市場が日本円で30兆円以上の規模であることを考慮すると、市場の成長余地はまだまだあると思われる。
米国の寄付市場について論じた2011年の論文では、1968年以降の寄付市場の成長率がS&P500(アメリカの代表的な株価指数)の約2倍だったこと、経済の状態が良いときに市場が伸びる一方で経済が悪化しても同じ程度には市場が縮小しないこと、の2点を指摘している(List, 2011)。毎年の寄付が習慣化していることや、寄付者に対してファンドレイザーが関係構築を試みることで寄付が維持されることが、市場規模のうち短期的には変動しない固定的な部分を支えている。
日本は、寄付市場のうち短期的に変動しない部分が相対的に小さいため、災害などのタイミングで急激に市場規模が拡大する(渡邉, 2022)。つまり、日本の寄付市場は、毎年・毎月といった継続性のある寄付が習慣化すること、ファンドレイジングによって構築された信頼関係に基づく平時の寄付がさらに厚みを増していくことで、堅実な成長が見込めると思われる。
「取引所取引」と「相対取引」
クラウドファンディングサイトは、寄付市場においては言わば「取引所」である。クラウドファンディング業界の近年の躍進によって、寄付市場に流通する寄付の件数が増加したことは間違いない。ある一定の基準を満たした寄付先団体だけを掲載しているサイトならば、生活者は安心して寄付をすることができるだろう。寄付はそもそもお金を払ってからでなければ、そのお金が正しく使われるのかを観察できない。情報の非対称性が高い状況だからこそ、公正な取引所の役割は極めて大きい。
新型コロナウイルス感染症の流行下では、金融機関がいくつかの推薦できる寄付先をリストアップして寄付を募り、仲介機能を果たした例もあった。これは取引所とまでは言えないまでも、金融機関が保証する寄付先であれば安心できる、と感じた寄付者も多いだろう。
一方で、見逃せないのが市場におけるもう一つの取引方法である、「相対(あいたい)取引」だ。これは、ビジネスにおいては、売り手と買い手が直接に、価格や数量などを合意する取引方法を指す。
寄付における相対取引とは、資産家のところに大学の学長とファンドレイザー(渉外部長など)が出かけて行って、直接寄付の依頼を行うような状況を想定してもらうのが良いだろう。クラウドファンディングなどの取引所や、金融機関などの仲介者が入る場合と異なり、寄付者とファンドレイザーとの間での合意が、第三者からは見えない場所で行われる。
手数料が差し引かれ、寄付の履歴が公開されることもあるクラウドファンディングサイトでは、寄付者は高額の寄付を行うのは難しいと感じる場合が多いだろう。それゆえ寄付者のプライバシーの面でも、寄付金の使途を細かく指定できる可能性があるという面でも、相対取引は重要だ。当然ながら、そこで動く寄付金額は非常に大きい。社会に対するインパクトが大きい、研究しがいのあるテーマだ。
なぜ高額寄付募集や相対取引の研究が重要なのか
ところが、高額寄付募集の研究というのは、非常に難しい。そもそも相対取引の場を研究者が観察できるような状況は稀で、十分な量のデータを取得することが困難だ。したがって、先行研究では事例研究などの質的なアプローチのものが多い。また、それらの研究の多くは北米のファンドレイザーと寄付者を対象にしており、日本へそのまま適用できるのか判断が難しい。そこで、まずは日本国内での議論の土台として、先行している外国の文献を紹介することからスタートするのが妥当だろう。
相対取引での寄付募集の研究や、それに基づく教育は、また別の観点からも重要だ。それは、相対取引においては、寄付者が倫理的・社会的に望ましくない要望を寄付先に強要したり、寄付先団体が本来禁じられている見返りを寄付者に提供したり、といったネガティブな事象が容易に生まれうるからだ。
寄付先が高名な大学や美術館などの権威ある団体である場合、資産家が寄付によってその権威との社会的な距離を詰めることができてしまう。非道徳的なビジネスを行って巨万の富を得た人物が、多大な税金や先人の努力の上に構築された社会的な権威を寄付によって我が物にするとしたら、それだけでも批判を生みうる状況だが、もしもその裏で自分の会社にとって有利になる取引まで行っていたとしたら、その寄付は正当なものとは到底言えまい。
おそらく、相対取引を中心とした寄付募集で日本で最も多くの額の集めてきた組織は、いわゆる宗教団体だ。ここ最近で宗教法人による不適切な献金集めの甚大な被害が社会的な注目を集め、それを規制するための「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」が稀に見るスピードで法制化された。規制の契機になった宗教法人は、毎年600億円もの金額を安定的に募っており、それを外国にも送金していたという。
ちなみに、日本学術振興会の科学研究費助成事業は日本最大規模の競争的資金制度であり、その年間予算は約2400億円だ。いかに件の宗教法人1団体が毎年集めている献金額が大きいかがわかる。
このように、相対取引の安全性を確保することは、日本の寄付市場が健全に発展するために必要な条件のひとつだと言える。
寄付市場の「質」とは
そもそも、どんな寄付市場が良い寄付市場なのだろうか。取引所取引であろうと、相対取引であろうと、質の高い市場には2つの要件がある。それは、市場が効率的な資源配分を達成できるということと、公正性が確保されていることだ(矢野, 2009)。
いかに多くの資金が寄付者から寄付先に対して効率的に流れていたとしても、それが詐欺的な手法によるものだったら意味がないどころか、害悪である。詐欺や押し売りといったネガティブな体験をしないで済むというのは、市場の質の高さにとって重要な要件だ(矢野, 2009)。
逆に、その市場における寄付が全て、人の命を最も効果的に救うことに使われるならば、市場の生み出す価値は非常に高いように思われる。「あなたの寄付が全額(=手数料や人件費には使われず)現地に届く」というメッセージは、寄付者にとって魅力的に聞こえるだろう。現実には、非営利組織はどこも人件費をはじめとした管理費用を必要とする。こうした管理コストを忌避する傾向は、寄付募集に対する人的な投資を妨げ、寄付市場の拡大にとってネガティブに働く可能性がある。
少し違う角度からの思考実験として、「寄付が全て、人の命を最も効果的に救うことに使われる寄付市場」を考えてみよう。一見素晴らしいようにも思えるが、人々の緊急的なニーズに応えるだけの寄付市場は、いわば社会的な課題への「対症療法」だけが流通している市場だとも言える。問題の構造は温存され、毎年同じような形で、危機に陥る人の叫びに対応しなければならない。
医療において、痛みを緩和したり熱を下げる対症療法が不要だという人は稀だろうが、根本的な治療が望ましいことは言うまでもない。実はこうした根本的・長期的な解決策を志向する寄付は(対症療法的なcharityと対比して)philanthropyと呼ばれることもあり(Frumkin, 2008)、日本の寄付市場ではまだこの部分が未成熟だと考えられる。
寄付者の中には、いま苦しんでいる人にこそ支援を届けたい人もいれば、根本的な解決を図る野心的な取り組みに寄付をしたい人もいるだろう。多様なニーズが満たされる市場は、資源を効率的に配分できる。「マーケットに出かけたは良いが、欲しいものがなかった」という体験が続けば、そのマーケットには人が寄り付かなくなってしまう。
公正な市場では、多くの人に対し、取引に参加するチャンスが開かれている。不正な寄付募集はしっかり取り締まられる一方で、大きな資本がなくても、魅力的なビジョンを描いてそれを実行できるような組織が次々と参入できる寄付市場は、良い市場だ。
当然ながら、その市場に対して次々と新しい買い手(寄付者)が参入してくれることも良い市場の条件だと言える。近年のテクノロジーは寄付における取引コストを削減し、従来よりも簡単に寄付ができる環境が整いつつある。取引所におけるコストが下がることは、新しい買い手を呼び込むひとつの条件だ。
加えて、大きな額の寄付をした人がそれを公表した時、社会的な賞賛を受けるということも重要だ。公益のために自分の財産をなげうったことが「売名だ」と指弾されるような状況にあるなら、いかにプライバシーの保たれる相対取引であったとしても、怖くて寄付などできないだろう。
ある組織の寄付募集活動が、他の組織から既存の寄付者を奪うだけならば、各団体の寄付募集に対する投資は、社会的には無駄ということになる。類似した趣旨の団体間では寄付をめぐる競合関係は強いことが知られているが、各団体がそれぞれユニークな寄付先となり、競合の度合いが少ない寄付募集活動を展開できるならば、市場全体の成長にとってはプラスになるだろう。
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*2023年2月に公開された筆者の論文(渡邉, 2023)では、寄付者の効用関数と寄付先団体の生産関数という考え方を使って、高額寄付募集について先行研究を整理しているので、参照されたい。
さまざまな「未解決の問い」
しかし、地理的な近接性が競合関係にどれくらい影響するのか、チャネルの違い(例:インターネットでの寄付と振込用紙での寄付など)はどう影響するか、さらにはある時点の寄付が他の時点の寄付を減らしてしまうことがあるのか(例:遺贈を決めた人は生前の寄付を減らしてしまうのか)など、寄付の競合関係ひとつとっても、未解決の問いは多い。
寄付のマクロマーケティングという視点で見ると、「寄付者が寄付行為によって満足を得られる」ということを周知することで市場が拡大するのかどうかすら、定かではない。これが周知されると、人々は寄付者に対して「あの人は自分の満足のためにお金を出したに過ぎない」と認識するようになるだろう。相対取引の場では、自分の満足を高めるための要望を出す寄付者が多くなるかもしれない。
さらに厄介なことには、寄付を募る組織は相対取引的なファンドレイジング(人的な高額寄付募集、ダイレクトメール等)と、取引所的なファンドレイジング(クラウドファンディング等)の両方にどう投資するかを動的に決めており、相対取引での寄付者の要望に対処するコストが高すぎると判断した場合には、寄付の平均額が下がったとしても取引所的なファンドレイジングにより注力するかもしれない。そしてそれがまた、高額寄付をめぐる団体間の競合関係にも影響するだろう。こうした多数の要因を考慮する動的なモデルを構築するのは、難しい問題だ。
一方で、寄付がべき分布に従うことを利用して、ごく少ない数のパラメータによって個人寄付について予測するというアプローチの研究も見られる(Wu et al., 2011)。もしも、マクロマーケティングの目的となる変数を少数に絞り込むことができたら、効果的に寄付市場を拡大していける可能性がある。
「寄付募集の科学」は、学術研究の未来をひらけるか
最後に、学術研究への寄付募集について触れたい。
近年、経済学者の宇沢弘文が提唱した「社会的共通資本」という概念が見直されている。大学は、社会的共通資本として公共的なサービスを生み出すことができる社会的装置だ。社会的共通資本は市場によって取引されるべきではない、というのが宇沢の主張だった。その意味では、そもそも、大学すらも寄付市場に参入して寄付を募らざるを得ない状況は、宇沢の描いた理想とは遠いかもしれない。
一方で宇沢は、社会的共通資本は官僚的な支配を受けるべきではないともいう。学問の自由が、政府財源へ過度に依存する大学では実現しにくいのならば、寄付によって財源の多様性や政府からの独立性が高まることは、大学という社会的共通資本の運営方法として望ましいのかもしれない。公共サービスそのものを寄付に依存して提供することはできないとしても、公共サービスを生み出す社会的共通資本を構築・維持する財源の1つとして寄付を活用することはできるかもしれない。
「寄付の科学」がこの20年で進展してきた一方で、「寄付募集の科学」はまだこれからの分野だ。そして、それは寄付募集に携わっている実務者だけで探求できるようなものではない。寄付募集の科学を推進するという社会的役割は、他でもない大学が主に担うほかないだろう。大学が寄付募集の科学を自らに適用して効果的に寄付を募れば、他の分野の学術研究に対してもメリットが生まれる。
米国の大学の中には、大学基金のデータを用いて博士課程の学生が研究するケースもあったという。その結果、高額寄付の予測するモデルが開発されたり、より費用対効果の良い寄付募集が実践されてきた。米国のトップ大学は、世界で最も寄付を集める寄付先のひとつとなった。1つの大学で、先に挙げた日本の科研費総額の半分ほどの資金を毎年集めているケースもある。
日本の大学は、寄付募集の科学を適用するという意味では後発だが、その分昨今のテクノロジーを積極的に活用すれば、一気に最先端のファンドレイジングを実践できるかもしれない。ブロックチェーン技術によって寄付の活用状況をできるだけ透明に開示する、AIによる翻訳を駆使して海外の寄付者からの問い合わせに迅速に対応する、といったことは容易に想像できる。
それどころか、孤独感を感じている一人暮らしの高齢層に対して、AIチャットボットを用いて関係構築を行い、「信頼」を得て高額寄付を募る、といった倫理的に疑問符のつくケースも出てくる可能性がある。法整備が、そのような動きに対して先回りできるとは限らない。逆に、かつて倫理的に問題とされていたことが、時代の流れとともに許容されていくこともあり得る。
本稿で触れたように、科学的な寄付募集も、寄付市場の拡大も、十分な注意を払って扱うべきテーマだ。寄付募集の科学が学術研究の未来をひらけるかどうかは、技術的な課題よりも、むしろ倫理的な課題に適切に対処できるかにかかっている。それは、市場の視点から見ると、市場の質を確保しながらその拡大を実現できるか、という問いでもある。
寄付に関して言えば、私たちは、自分たちの善意をどう取り扱い、何を成すのか(あるいは、何を成さないのか)を決めることのできる時代に生きているとも言えよう。
<引用文献>
Body, A., & Breeze, B. (2016). What are ‘unpopular causes’ and how can they achieve fundraising success? International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 21(1), 57–70. https://doi.org/10.1002/nvsm.1547
Frumkin, P. (2008). Strategic Giving: The Art and Science of Philanthropy. University of Chicago Press. https://books.google.co.jp/books?id=Gv9ejrvJf7AC
Lindahl, W. E., & Winship, C. (1992). Predictive models for annual fundraising and major gift fundraising. Nonprofit Management and Leadership, 3(1), 43–64.
List, J. A. (2011). The market for charitable giving. Journal of Economic Perspectives, 25(2), 157–180. https://doi.org/10.1257/jep.25.2.157
Okuyama, N., & Yamauchi, N. (2015). Giving in Japan: The role of philanthropy in strengthening civil society. In P. Wiepking & F. Handy (Eds.), The Palgrave Handbook of Global Philanthropy (pp. 404–425). Palgrave Macmillan UK. https://doi.org/10.1057/9781137341532_24
Wu, Y., Guo, J., Chen, Q., & Wang, Y. (2011). Socioeconomic implications of donation distributions. Physica A: Statistical Mechanics and Its Applications, 390(23), 4325–4331. https://doi.org/https://doi.org/10.1016/j.physa.2011.06.058
渡邉文隆. (2022). 寄付市場の成長ドライバー・断片化・公正性―SCP パラダイムと市場の質理論の視点から―. ノンプロフィット・レビュー, 22(1), 33–48. https://doi.org/10.11433/janpora.NPR-D-22-00004
渡邉文隆. (2023). 医学研究への個人高額寄付募集の戦略に関する考察―効用ベース・アピールベースのアプローチの統合と実務への示唆─. 研究 技術 計画, 37(4), 449–465. https://doi.org/10.20801/jsrpim.37.4_449
矢野誠. (2009). 現代の金融危機と「市場の質理論」. 学術の動向, 14(6), 44–56. https://doi.org/10.5363/tits.14.6_44
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