アカデミアの知を頼りに「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」を探っていく──「デサイロ」ローンチに寄せて
人文/社会科学領域の研究者を支援するアカデミック・インキュベーター・プログラム「デサイロ(De-Silo)」のローンチに寄せて。
「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」
この問いを気鋭の研究者の皆さんと考えていくために、デサイロというプロジェクトは始まりました。
人文や社会科学の領域における研究のなかには、いまの社会から一定の距離を置き、社会を相対化しながらも真理を探ろうとする営為があります。
研究を通じてでしか気づくことができない現代社会における諸問題や、時代を読み解くための補助線となるアイデアや概念が存在するはず──。こうした課題意識のもとで、研究者の方々とともに時代を読み解くための新しい「言葉」と「コンセプト」を探していくことが、デサイロのミッションのひとつです。
もちろん、すべての人文/社会科学領域の研究に短期的な成果や社会との接続が必要だとは考えておりません。しかし、「文系学部不要論争」が交わされたり、研究予算が縮小されたり、縦割りな大学システムにより分野横断研究の実践が困難だったりと、その研究の意義が社会に伝わりにくい現状が存在します。そこで、デサイロではアカデミアの知を社会に幅広くリーチさせる方法を探るべく、次の4つの取り組みに挑戦していきます。
1.研究者とアーティストの協働による「概念の社会化」
人文/社会科学領域の4名の研究者の方とともに、それぞれの研究テーマに基づいて「いま私たちはどんな時代を生きているのか」を探求し、そのなかで出てきた知をアーティストの方とのコラボレーションによって、社会に届けていきます。
4つの研究テーマ
・21世紀の理想の身体(磯野真穂)
・「私たち性 we-ness」の不在とその希求(柳澤田実)
・ポスト・ヒューマン時代の感情資本(山田陽子)
・「生きているという実感」が灯る瞬間の探求(和田夏実)
※それぞれの研究テーマの詳細は下記のページよりご覧ください。
https://desilo.substack.com/about
皆さんが提唱してくれた4つのテーマからは、いま私たちが直面している社会の困難さが読み解けると思います。感情すらも資本化され、身体に手を入れて“美しさ”を追求することで不安を解消する。そもそも、「私たち性 we-ness」の不在が道徳や長期的展望の欠落につながっており、人々の「生きているという実感」が見通しにくくなっているのではないか──。
今回の4つの研究テーマを通じてこれから社会が向かおうとする道筋が見えてきていることに、とてもワクワクしています。そして、どのような表現を通して世の中にその社会像を問うていくかについても、ご期待ください。
2.アカデミックインキュベーター・プログラムによる研究者への支援
上記の4名の研究者だけではなく、より幅広い研究者の方を支援するための助成金プログラム「デサイロ アカデミックインキュベーター・プログラム」の運営に取り組む予定です。詳細は近日中に公開予定です。
3.情報発信とDiscordコミュニティの運営
本プロジェクトでは、Substackを利用した情報発信や、Discordを利用した研究者のコミュニティづくりに取り組んでいきます。情報発信については、上記の1と2に関係する研究者の皆さんへのインタビューや寄稿、人文/社会科学領域の気鋭の研究者による寄稿などを掲載予定です。
またDiscordでは、人文/社会科学領域の研究者の方を対象としたコミュニティを運営していきます。助成金プログラムや、現行のアカデミアの仕組みの外側で研究している人々の取り組みなどについて、コミュニティ内では情報提供していきます。また、それぞれの研究領域の垣根を超えたネットワークの場や、分野横断的にアカデミアの未来について議論する場としても運用できればと考えています。そのほか、TwitterやInstagramでは活動の進捗報告やイベントの告知も行っていきます。ご関心のある方はぜひご参加ください。
4.DeSciの仕組みを応用した資金調達の実験
持続的な研究活動のためには「資金調達」やファンドレイズは欠かせません。助成金も含めてさまざまな取り組みが行われてきましたが、デサイロではWeb3のテクノロジーやブロックチェーンを用いて現代科学が抱える諸問題を解決しようとする「DeSci(分散型サイエンス)」の仕組みを応用した資金調達の実験にも取り組む予定です。具体的な実装については、近日中に公開予定です。
アーティストとの協働による知の流通
こうした4つの取り組みを通じて実現したいのは、「人文/社会科学領域の研究の社会におけるプレゼンス向上」「研究における資金調達の新しいモデルをつくる」ことです。
私自身は編集者として『WIRED』日本版に関わるなかで、多分野の研究者や科学者の方とイベントやシンポジウムの企画、情報発信のサポートをしてきました。関わったなかでも特に印象的だったのが、今回のプロジェクトにも参画いただいた人類学者の磯野真穂さんと、哲学者の戸谷洋志さんの対談でした。
戸谷さんは20世紀の哲学者ハンス・ヨナスの倫理思想を研究をされており、「現在世代が担うべき未来世代への責任」や「世代間倫理」について検討されてきました。いまを生きるわたしたちと100年後、1,000年後を生きる人々は時間軸を共有しえない。けれども、いま私たちが手にしているテクノロジーや、気候変動などの問題は将来世代に必ず影響を与えます。そんな時代において、長期的な思考で「未来」や、その未来を生きる人々のことを想像するために、こうした「未来世代への責任」は私たちに重要な示唆をもたらしてくれます。
関連記事:「未来」というコモンズ。〈死〉と〈想像力〉が導く、将来世代への責任 :磯野真穂 × 戸谷洋志
編集者として分野横断的に時代の変化を探るなかで、研究者の皆さんにいまの時代を理解するための補助線を授けてもらっていたようにも感じています。皆さんとカンファレンスや連載、企画などをご一緒するなかで、人文/社会学領域の研究の意義に少しでも触れられたのではないか、と感じています。
そうした日々のなかで大きな転機となったのが、京都大学大学院総合生存学館が主催で、『WIRED』日本版が共催をさせてもらった国際シンポジウム「ポスト人新世における生存の未来」でした。
『人新世の哲学』などの著書で知られ、環境哲学者ティモシー・モートンの哲学や思想を日本に紹介してきた篠原雅武さんにお声掛けいただき、シンポジウムの開催をサポートさせていただきました。
篠原さんと交流するなかで感じたのは、「人新世」という概念や「人間中心主義からの脱却」といった考え方は、建築家やデザイナー、アーティストとの協働によって世に届いているのではないか、ということでした。
例えば、モートンは、人間には巨大すぎて不可知な存在を意味する「ハイパーオブジェクト」という概念を2012年に提唱し、現代におけるエコロジカルな危機を指し示したその言葉は、気候変動に対するアクションの理論的支柱となっていきました。
2021年末に公開された映画『ドント・ルック・アップ』を手がけたイアン・マッケイ監督は、自身の制作会社をモートンの言葉にちなんで「Hyperobject Industries」と名付けています。
日本においても、岡田利規さんが主宰するチェルフィッチュの舞台『消しゴム山』は、モートンの『自然なきエコロジー』を参考にして製作されています。また、モートンの“盟友”であるアーティストのオラファー・エリアソンは、彼との対話にもインスパイアされながら作品を制作してきました。論文や書籍といった知の流通回路だけではなく、ときとして芸術が人文/社会科学の知と社会をつなぐ装置となっていることが見て取れるはずです。
関連記事:「人間中心主義の先にある演劇」というチェルフィッチュの挑戦──岡田利規×篠原雅武 対談
こうした潮流を踏まえ、デサイロでは研究者とアーティストの協働を通じて、そこで提唱された「概念の社会化」に取り組んでいきたいと思っています。今回ご参加いただく4名の研究者による研究成果の報告及びアーティストによる作品の公開は、2023年夏〜秋頃を予定しています。ぜひ楽しみにお待ちください。
DeSciの仕組みを応用した資金調達モデル
もうひとつの視点は「研究における資金調達の新しいモデルを模索できないか?」という点でした。その際に注目したいのが「DeSci」と「クリエイターエコノミー」の勃興です。
DeSci(分散型サイエンス)の領域では、特許やデータをNFTと紐付け取引可能にする「IP-NFT」や「データNFT」、学術論文の査読や出版におけるトークン分配による査読への報酬付与やスマートコントラクトによる事務作業の軽減、研究費の獲得や意思決定への参画を可能にするDAO(分散型自律組織)などの動きが出てきています。
このなかの多くは、生命科学や医薬品開発などを対象としており、人文/社会科学領域での実践はまだあまり模索されていません。だからこそ、今回は神経科学者でありDeSciの可能性を発信してきた濱田太陽さんをアドバイザーに迎え、DeSciを用いた資金調達モデルの実践方法を模索していきたいと考えています。このニュースレターでは、濱田さんにDeSciやアカデミアの資金調達をテーマにした連載を担当いただきます。ぜひご期待ください。
研究者、あるいは研究のファンを増やす
また、いま「クリエイターエコノミー」の領域が急速に盛り上がりを見せており、個人を中心とした新しいモデルが構築されようとしています。
「クリエイターエコノミー」の第一人者であり、ベンチャーキャピタリストのリ・ジンは2020年、「1,000 True Fans? Try 100」という論考を発表しました。2008年に『WIRED』創刊エグゼクティヴエディターのケヴィン・ケリーが発表した「1,000人の忠実なファン(1,000 True Fans)」というエッセイを発展させるかたちで、100人のファンがいればクリエイターが生計を立てられる、新しい経済圏の到来を予見しています。
また、リ・ジンが勤めるVariant Fundの共同創業者ジェシー・ウォールデンは、従来の「パトロネージュ」から、アーティストの作品や楽曲著作権などのNFTを保有することで、その価値が上がるにつれて自身にも金銭的なインセンティブがもたらされる「パトロネージュ・プラス」という考え方を提唱しています。ファンとしてアーティストを応援するだけで、ファンは稼げるようになる──。そんな未来が垣間見えます。
こうした仕組みやモデルは、アーティストやクリエイターを支えるためのものとして立ち上がってきましたが、研究者を支援するためにも応用できないかと考えています。もちろん、これまでも学術系クラウドファンディング「academist」や、自身のオンラインサロンやニュースレターを運営される研究者の存在、哲学者の東浩紀さんが立ち上げた「ゲンロン」などが先駆的な実践だと捉えています。
東浩紀さんは「知の観客をつくる」と表現されていますが、研究者あるいは研究へのよきファンを育てるためのアプローチも模索していきたいと考えています。
プロジェクトに関わる研究者の皆さんの実践については、ニュースレターやTwitter、Instagramなどを利用して継続的に発信していきます。また、Discordを用いて研究者の方々が集うコミュニティをつくっていければと考えています。ご興味のある方はニュースレターの登録やフォロー、あるいはDiscordに参加いただき、この実験にお付き合いいただければと思います。
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デサイロ(De-Silo)代表 岡田弘太郎
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