「研究」と「社会」をつなぐ“編集者”という触媒──一般社団法人デサイロ設立に寄せて
2023年2月、一般社団法人としての登記が完了し、団体として正式に活動をスタートした「デサイロ」。その始動に寄せて、デサイロ代表理事の岡田弘太郎が団体設立の背景についてまとめた。
この度、「デサイロ」プロジェクトが一般社団法人として登記を完了し、団体としての活動が正式に始まることになりました。
昨年10月に立ち上がったデサイロは引き続き、人文・社会科学領域の研究者を支援するアカデミックインキュベーターとして、「いま私たちはどんな時代を生きているのか」を研究者とともに探り、研究のなかで立ち現れるアイデアや概念の社会化に取り組んでいきます。
具体的には、財団機能を通じて人文・社会科学領域の研究者の方々に資金を提供し、研究を通じて立ち現れた「自前の思想」を出版機能を通じて社会に届け、その過程でデサイロの周辺に集まってくれた人たちとのコミュニティを育て、そのコミュニティに属する研究者を財団機能を用いて支援する……財団、出版、コミュニティの3つを機能を循環させることで、そんな生態系をつくってきたいと考えています。
挑発、あるいは媒介
研究者ではない“非専門家”の編集者である私たちが、なぜ人文/社会科学領域の研究者支援に取り組むのか。ここでは「挑発」という言葉を引くことで、考えてみたいと思います。名古屋大学出版会の編集長である橘宗吾さんは、『学術書の編集者』という著書にて「専門家の盲点に、外部からの声をさしむけて『挑発』することで、編集者は、専門と社会とのあいだの媒介者の役割も果たすわけです」と述べられています。
私たち編集者はどの学問分野の専門家でもありません。しかしながら、多分野の専門家──ここでは研究者だけではなく、クリエイターやアーティスト、起業家などのさまざまな分野の専門家も含みます──と協働する職能だからこそ、社会の関心事と研究を結びつけたり、あるいは他の分野で起きている現象を伝えることで“挑発”する役割を果たせるのではないかと考えています。
多分野の研究テーマを社会一般の目線から「時代」として切り取ることで、その知を頼りに「いま私たちはどんな時代を生きてるのか」を明らかにしていけると考えています。
また、同著では名古屋大学名誉教授である安藤隆穂さんによる次のような一節も紹介されています。
「人文社会科学の分野で基礎研究を続けていく場合に、出版時の編集者との共同作業には、自然科学系の学問の基礎的実験の作業に近い要素が入っていると見ることができる。将来性のある研究の発掘を目指す編集者の前で、著作を繰り返し練り直す著者の作業は、自然科学でいえば、基礎実験を繰り返すのに近い過程であるように思う。またそれは、編集者を仲立ちとする、著者の研究と社会との結びあいを問う作業でもある」
「知識交換のネットワーク」のハブとなる
編集者が研究と社会の間に立つことで、知の生産における評価指標のオルタナティブをともに模索していけるのではないか、とも考えています。
2022年9月、京都大学学術研究支援室(KURA)と、人文・社会科学系URAネットワークの有志メンバーが指揮を取り、NPO法人ミラツクの協力によって質的調査の方法論を取り入れて制作されたに「人文・社会科学系研究の評価に関する論点地図Ver.1」という調査があります。このIssue Mapでは人文・社会科学研究の評価や指標化に関する取り組みがまとめられています。
関連記事:人文・社会科学をめぐる「指標化」の現在地──長い“文系軽視”を超え、「生産的相互作用」の評価へ
なかでも注目したいのが、オランダにおける「科学と社会の生産的相互作用研究を通じた研究と投資のための社会的インパクト・アセスメントの方法(SIAMPI)」での「生産的相互作用」という考え方です。デサイロにて「指標化」をめぐる議論を紹介した記事のなかでは、次のように紹介されています。
SIAMPI は、ヘルスケア、ICT、ナノサイエンス、人文、社会科学の4分野を事例として、研究プログラムの実施期間中に生まれたネットワークを、研究者とステークホルダー間の「生産的な相互作用」を評価視点として捉えることを特徴としています。
この概念は学術界に留まらず、産業界や行政、NPO、市民など多様なアクター間との「知識交換」ネットワークの拡大をポジティブに評価する試みです。ここでは、研究評価の対象が研究そのものだけでなく、研究活動がネットワークを生み出す相互作用のプロセスへとシフトしています。また、研究活動自体が人・モノ・情報をつなぐ「知的媒介物」*になることで、学術的成果が社会的インパクトに接続されるという考えにも基づいています。
研究そのものを評価するのではなく、「知識交換」のネットワーク拡大や多様なアクター間における相互作用のプロセスを評価するのであれば、デサイロという場(やそこをオーガナイズする編集者)がハブとなり、研究と社会をつないでいけるのではないか。そんな新しい役割が見えてくる気がしています。
このような評価に関する議論や、学術界における伝統的な編集者の役割に目配せしながら、2023年には研究者の持続的な研究活動を支援する助成金プログラム「デサイロ アカデミックインキュベータープログラム 2023」のリリースや、第1期プログラムの成果発表などを予定しています。「概念の社会化」を目指した活動に、ぜひご期待ください。
プロフィール
岡田弘太郎|KOTARO OKADA
編集者。一般社団法人デサイロ(De-Silo)代表理事。『WIRED』日本版エディター。クリエイティブ集団「PARTY」パートナー。スタートアップを中心とした複数の企業の編集パートナーを務める。研究者やアーティスト、クリエイター、起業家などの新しい価値をつくる人々と協働し、様々なプロジェクトを展開。そうした人々と社会をつなげるための発信支援や、資金調達のモデル構築に取り組む。1994年東京生まれ。慶應義塾大学にてサービスデザインを専攻。Twitter: @ktrokd
デサイロでは引き続き、ニュースレターやTwitter、Instagramなどを利用して、プロジェクトに関わる情報を継続的に発信していきます。また、Discordを用いて研究者の方々が集うコミュニティをつくっていければと考えています。ご興味のある方はニュースレターの登録やフォロー、あるいはDiscordに参加いただき、この実験にお付き合いいただければと思います。
■ Discord:https://discord.gg/ebvYmtcm5P
■ Twitter:https://twitter.com/desilo_jp
■ Instagram:https://www.instagram.com/desilo_jp/
■バックナンバー: