現代において、仕事の能率や成果を高めるために、マインドフルネスやリトリートに取り組むのは珍しいことではなくなってきています。
しかし、これは考えてみれば少し不思議な現象です。もともと社会生活から少し距離を取るための営みであるはずのマインドフルネスやリトリートが、社会生活における能率や成果を高めるために行われているこの状況に、ともするとモヤモヤする瞬間もあるかもしれません。
こうしたモヤモヤに向き合うべく、「いま私たちはどんな時代を生きているのか」をアカデミアの知を頼りに探っていくプロジェクト「デサイロ(De-Silo)」はワークショップを開催しました。
ファシリテーターを務めたのは、「感情資本主義」の専門家として、パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックといった仕事の問題を研究する社会学者・山田陽子さん。山田さんはデサイロにて、「ポスト・ヒューマン時代の感情資本」をテーマに研究を進めています。
「感情」すらも資本化されていく時代に、「働くこと」と「癒し」を問い直す──社会学者・山田陽子
今回のワークショップ開催の目的は二つありました。一つは、働く人が実際にどのようなモヤモヤを抱えているのか「生の声」を聴くこと。もう一つは、感情資本という概念を参加者と共有することで、社会とそこに生きる私たちについて皆さんがそれぞれ考えを深めていけるようになってもらうことです。
本記事では、“資本主義社会の仕事と感情にまつわるモヤモヤ”を抱える方々が集まり、仕事とセルフケアについて参加者の実体験を共有しながら行われたワークショップの様子をレポートします。
2022年12月上旬、人事・労務管理の部署で働く方や働く人のメンタルヘルスに関する事業を運営する方、さらにはコミュニティ・マネジャー職に就く方からフリーランス、主婦、大学院生まで、さまざまなバックグラウンドの参加者が集まりました。
ワークショップは、山田さんから「感情資本主義社会」の見取り図をインプットしてもらうセッションからスタート。アリー・R・ ホックシールドによる「感情労働」や、エヴァ・イルーズによる「感情資本」に関する議論などを紹介しながら、社会学において「感情」というものがいかに扱われてきたのかを解説してもらいました。
そうして仕事とセルフケアやウェルビーイングに関して考えるための視点を共有したうえで、参加者それぞれの「仕事と感情にまつわるモヤモヤ」をお話しいただき、そのモヤモヤの輪郭を議論していきました。
とりわけ会社が従業員の「ウェルビーイング」を重んじることに対する葛藤について、少なくない参加者が語っていたのが印象的でした。
・生産性の向上を目的とした健康経営は従業員のためになっているのか?
・「ウェルビーイング」の推進が、画一的な「幸せ」像の押し付けになってしまってはいないか?
──そんな葛藤が、多くの企業でウェルビーイングの重視が叫ばれるいま、所々生まれてきているようです。
議論は約2時間続きましたが、それでもまだまだ時間が足りなかったほど。ワークショップを振り返り、山田さんはこう総括します。
山田「皆さんがお話してくださった内容は、実体験にもとづいた大変興味深いものばかりでした。共通していたのは、ご自身の感情や『幸せ』がビジネスに利用されてしまうことへの懐疑や、『理想』とされる生活や生き方の中から『ネガティブ』だとみなされるものが抜け落ちていっていることに対する違和感だったように思います。
とりわけ、生々しい感情は『不要なもの』と一生懸命自分をコントロールしていたら、『何を考えているか分からない』と周りから言われて困惑したという話や、『何が幸せかは個々人で異なるはずでは……?悲しみや怒りがあるのが人間として当たり前では……?』と思いつつも従業員の『ウェルビーイング』を推進する業務に従事した結果、ご自身の心身を壊しそうになっているというエピソードが印象的でした。
合理の非合理性、リスク管理が生み出す新たなリスク、『幸せ』がニューノーマルとなった時代の新たなコミュニケーション障害と排除の発生、という論点が見えてきたように思います。終盤、私のもう一つの研究テーマ『「死にたさ」の社会学』についてお話した時も、頷きながら聞いていた方が多くいらっしゃいました。
皆さんの熱量が高く、しっかりとお話ししてくださる方が多かったので、とても有意義で充実した時間となりました。『来る前よりモヤモヤの解像度が上がったが、さらにまたモヤモヤが増えた気がする』という感想もあったように、今回のワークショップが、皆さんそれぞれがさらに考えを深めていくきっかけになれば嬉しく思います」
デサイロでは山田さんを含めた4名の人文・社会科学領域の研究者の方とともに、それぞれの研究テーマに基づいて「いま私たちはどんな時代を生きているのか」を探求し、そのなかで出てきた知をアーティストの方とのコラボレーションによって、社会に届けていきます。
4つの研究テーマ
・21世紀の理想の身体(磯野真穂)
・「私たち性 we-ness」の不在とその希求(柳澤田実)
・ポスト・ヒューマン時代の感情資本(山田陽子)
・「生きているという実感」が灯る瞬間の探求(和田夏実)
※それぞれの研究テーマの詳細は下記のページよりご覧ください。
https://desilo.substack.com/about
プロジェクトに関わる研究者の皆さんの実践については、ニュースレターやTwitter、Instagramなどを利用して継続的に発信していきます。また、Discordを用いて研究者の方々が集うコミュニティをつくっていければと考えています。ご興味のある方はニュースレターの登録やフォロー、あるいはDiscordに参加いただき、この実験にお付き合いいただければと思います。
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