クリエイティブ労働による職業生活を社会学的にみる──バンドマンの生活史から|新山大河
アーティスト、パフォーマー、作家、アニメーター……クリエイティブ労働と呼ばれる職種に従事する人々のなかには、「やりたいこと」を生業として「自己実現」を達成しようと熱心に仕事に打ち込む人が数多くいます。
しかし、創作活動を生業とする職業は自己実現に繋がりやすいものの、その代償として不安定な生活に陥りやすい構造もあります。絶え間なくクリエイティビティを求められる仕事で生計を立てていく過酷な労働環境や、一握りの“売れている”人以外はキャリア形成が難しいという問題などは、創作活動に従事する人々を不安や苦境に陥れます。
こうしたクリエイティブ労働の問題に焦点を当てて、とりわけ「バンドマン」を対象に研究するのが、文化社会学・音楽社会学を専門にする立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程の新山大河さんです。
「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」──デサイロではこの観点から人文・社会科学分野の研究や研究者の方々を紹介してきました。今回、興味深い研究テーマを紹介していくシリーズ「Research Curation」では、新山さんの研究に注目。
「売れるもの(経済的価値)」と「良いもの(芸術的価値)」のジレンマのなか、いかにしてバンドマンはクリエイティブ労働を継続していくのか。調査協力者の方々の人生を聴きとる「生活史調査」から、バンドマンの生活環境の実態に迫る新山さんの研究について、ご自身へのメールインタビューをもとに掲載します。
新山大河(にいやま・たいが)
大阪府堺市出身。立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程。専門は文化社会学・音楽社会学。ロックバンドShout it Outのベーシストとして、2016年ポニーキャニオンよりメジャーデビュー。バンド脱退後、立命館大学産業社会学部卒業。研究テーマはライフワークとしての音楽実践について。ライブハウスでのフィールドワーク、バンドマンへの生活史調査を通じて研究をおこなっている。
Q:まず、新山さんが進められてきた研究の概要について教えてください。
現代社会では「自己実現」「やりたいこと」といった言葉が、社会的に大きな影響力を持っています。「やりたいこと」を生業として「自己実現」を達成する存在のひとつに、クリエイターがあげられるでしょう。輝かしいクリエイターの活躍は、今日もたくさんの人びとを魅了しています。
私は現代社会において、創作活動を生業とすることがいかなるおこないなのかを、バンドマンを事例として調べています。仕事の不安定性への対処や、セカンドキャリアへの移行といった問題は、専門的な知識や技能にもとづいた創作活動をおこなう人びとにとって、無関係ではいられません。
特に「売れるもの(経済的価値)」と「良いもの(芸術的価値)」との葛藤は、創作をおこなう人びとにとっては、最大のテーマのひとつです。消費文化と結びつきの強いポピュラー音楽分野におけるバンド活動は、常に経済性が求められています。応援しているバンドが、「音楽性の違い」や「方向性の違い」によって解散してしまった経験がある読者の方も多いことでしょう。
これまで社会学の研究の多くは、クリエイターの「やりがいの搾取」と、過重労働が実践される論理について着目してきました。しかしその一方でクリエイターがクリエイティブ労働によって生計を立て、生活を続けていくことについては、比較的着目がなされてきませんでした。
プロのバンドマンを対象として、社会学の観点から、クリエイティブ労働による職業生活の形成と継続を検討する。そうすることで得られる実証的・理論的知見は、クリエイティブ労働における社会的な構造や実践について、ひいては「いま私たちはどんな時代を生きているのか」、その一端を明らかにしてくれるものだと考えています。
Q:現在の研究テーマに取り組まれている理由や、その経緯も教えてください。
現在の研究テーマに関心を持ったのは、自身の音楽活動経験がきっかけです。私は高校入学と同時に結成したロックバンドのベーシストとして、5年弱ほど音楽活動に従事していました。音楽活動を生業にしていくには、キャリア上のさまざまな困難が潜んでおり、高校・大学を中途退学せざるをえなかった友人や、金銭的困窮から借金がかさみ続ける友人が少なくありませんでした。
大学入学と同時に社会学と出会い、クリエイティブ労働によるキャリアの形成が、非常に過酷であると既存研究で論じられてきたことを知りました。エージェントからのパワーハラスメント、給与の未払い、希薄な社会保障など、潜んでいる社会問題は枚挙にいとまがありません。なによりも気がかりだったのが、社会的に弱い立場に置かれた当事者が、種々の問題を個人のものとし、自己責任として引き受けざるをえない構造が存在していたことです。
以上の経緯を経て、私は研究を開始しました。研究手法については、調査協力者の方々の人生を聴きとる、生活史調査と呼ばれる手法を採っています。音楽活動によって生計を立てる人びとの語りから、彼ら/彼女らが直面する生活上の問題や実践を、社会的な構造や観点のなかで議論したいと考えています。
Q:研究を進めるなかで、ご自身の研究テーマの面白さや魅力を伝えるとすると、どのように表現しますか?
メディアにおけるバンドマンは、浮世離れした孤高の存在として表象されることが多いです。人びとを魅了するバンドマンのカリスマ性、果敢なパーソナリティ、彼ら/彼女らがいかに天才か、いかに特別か、といったことばかりが着目されています。
しかし研究を開始して、調査協力者の方にお話をお伺いすればするほど、彼ら/彼女らを非凡な存在として捉えることができなくなっていきました。きらびやかにイメージされる向こう側にいるのは、些細なできごとで友人関係に悩み、毎月の家賃を払うことに苦労し、好きな人に振られて凹む、ごく「普通」に生きている人びとだったからです。
経済的価値と芸術的価値のジレンマのなか、バンドマンはいかにクリエイティブ労働を継続していくのか。現状の調査では、バンドマンがめまぐるしく変化する生活環境に応じて、さまざまな仕事をかけもちしながら、音楽活動における経済性・芸術性の追求と、そのバランスをとる実践が浮かび上がりつつあります。
私は研究を進めていく過程でバンドマンたちを、私たちとなにも変わらない、どこにでもいる「理解可能な他者」として描いていきたいと考えています。神秘化された音楽実践の内実を、バンドマンへの生活史調査によって明らかにすることに、私の研究の魅力があります。
Q:影響を受けた本や先行研究などがあれば教えてください。
打越正行さんの『ヤンキーと地元──解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』(2019、筑摩書房)をあげます。私が学部1年生の時に刊行された本書は、社会調査のいろはを教えてくれました。本書では厳しい社会背景に置かれた沖縄の若者たちの生活史をもとに、地元を生きる人びとの人生が描かれています。
著者は暴走族のパシリになることから調査を開始しました。50円玉1枚で3人分の牛丼を買いにいかされたり、キャバクラで先輩の泡盛を作ったりと、著者はこきを使われながら、少年たちとラポール(信頼関係)を形成します。その後少年たちと共に、建設現場での仕事へ従事することになり、調査は少年たちの置かれた社会背景と、そこに生きる彼らの人生を、いきいきと描き出していきます。調査協力者と日々の仕事・生活を10年以上にわたって営んだ記録を前に、私たちは時に手に汗を握り、時に立ちすくみます。
本書が沖縄の若者たちを「普通」の若者として描いたように、人びとの生活や行為を理解できる形で記述することが、社会調査の醍醐味です。本書のような議論は、分断が加速する現代社会において大きな示唆に富みます。博士論文をもとに執筆されているものの、本書は平易な文体で書かれているため、きわめて優れた社会調査、ひいては社会学の入門書となっているといえるでしょう。
私はこの一冊に出会って社会調査を始めました。ぜひ本書を手に取ってみてください。
Q:ご自身の研究は、今後の社会や経済、文化などにどのようなインパクトを与えうると考えていますか?
私はクリエイティブ労働にまつわる社会問題の解決に向け、実践的な貢献ができる研究者を目指しています。昨今ではCOVID-19のパンデミックにおいて、エンターテイメントが「不要不急」と判断され、クリエイティブ産業への公的支援がいくつか用意されました。
しかし既存の制度における支援対象の多くは、限られた分野の事業へのものであり、多様な生活状況にある個人への支援は脆弱です。そのため、生活の立ち行かない逼迫したクリエイターの状況は依然として続いています。また制度化が不十分なクリエイティブ労働にまつわる社会問題は、自然災害などの大きな社会変動の度に、今後も繰り返し悪化することが予想されます。
私の研究が進むなかで獲得されうる知見は、クリエイターの職業生活の形成と継続を、当事者たちの観点から連続的・包括的に捉えることに独自性があります。ここからは、既存研究を越えて、諸問題に直面しつつも、現実にクリエイティブ労働を生業とし、様々な実践により職業生活を形成・維持していく、クリエイターの主体的な在り方を議論していけると考えています。
またクリエイティブ労働による職業生活の実態を明らかにすることで、事業を対象とした支援政策だけなく、クリエイター個人を対象とした、広範で多様な文化政策・労働政策を実施するための知見と視座を提供したいと考えています。
終身雇用の崩壊など、現代社会における変化の速度は上がり、社会の流動性はますます高まっていきます。絶え間ない生活環境の変化のなかで、キャリアを形成していくバンドマンの実践は、今後の現代社会を生きる私たちの労働と生活を捉えていくための示唆を与えてくれると考えています。
(編集部補足)新山さんの研究詳細
以下、新山さんの研究詳細です。(強調:編集部)
【研究詳細】
芸術的価値と経済的価値のジレンマにおけるクリエイティブ労働の継続──プロバンドマンの表現戦略を事例に(第96回日本社会学会大会報告要旨を修正)
【目的】
既存研究ではクリエイターの労働をめぐる諸問題が論じられ、そこでは主に劣悪な労働環境と、過重労働が実践される論理について検討されてきた。本報告の目的はクリエイティブ労働を継続するクリエイターの実践を、芸術的価値と経済的価値のジレンマにおけるプロバンドマンの表現戦略を事例として明らかにすることにある。
【方法】
メジャーデビューや大手音楽事務所への所属などを経験し、音楽活動を生業としている20代〜40代までのプロバンドマン13名へ、生活史調査をおこなった。
【結果】
プロバンドマンのクリエイティブ労働においては、以下の3種類の表現水準が確認された。
①まずアニメソングやCMソングの制作などに代表される、「商業的表現」があげられる。この表現水準では、所属音楽事務所や音楽レーベルなど、クライアントによるオーダーへの柔軟な対応が求められる。なおバンドマンは商業的表現によって制作環境を確保し、音楽事務所から得られる収入を中心として生計を立てている。
②次にソロ活動や弾き語りなどに代表される、「創造的表現」があげられる。この表現水準は、バンド活動とは別途おこなわれることが多く、制作におけるバンドマンの裁量が比較的大きい。そのため、収益を念頭に入れずに、前衛的な表現が実践されている。
③最後に、アイドルグループへの作詞や楽曲提供などに代表される、「請負的表現」があげられる。この表現水準では、オーダー通りの制作を忠実にこなす必要があり、仕事量に応じて収入を得ることができる。またバンドマンの裁量が小さいがゆえに、表現幅の拡張の契機として解釈されている。
以上3つの表現水準(商業的表現/創造的表現/請負的表現)のバランスを、時期や力量に即してとることで、バンドマンは芸術的価値と経済的価値のジレンマにおけるクリエイティブ労働の継続を可能にしていた。また請負的表現の割合を縮小し、商業的表現で生計を立てる過程において、バンドマンは自立/自律した音楽家であるという職業規範を獲得していた。
【結論】
プロバンドマンは時期や力量に応じて、3つの表現水準(商業的表現/創造的表現/請負的表現)のバランスをとることで、芸術的価値と経済的価値のジレンマのなか、クリエイティブ労働を継続していることが明らかになった。本報告はクリエイティブ労働を生業として生活を営むバンドマンの実践から、クリエイティブ労働に携わる人々の労働と生活の一端を示唆するものである。
今後もデサイロでは、「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」を読み解く補助線になる人文・社会科学分野の研究をご紹介していきます。本連載シリーズにぜひご注目ください。
(編集部補足)参考リンク:
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