“崩壊したアンサンブル”を奏でるバンドは、「私たち性 we-ness」をどう眼差すのか?──バンド・んoon【DE-SILO EXPERIMENT 2024アーティスト紹介】
4名の研究者と11組のアーティストがコラボレーションして新作を制作し、「生の実感とリアリティ」に迫っていく2daysイベント「DE-SILO EXPERIMENT 2024」。同イベントにて制作/出演するアーティストを紹介する本シリーズで今回取り上げるのは、ボーカル、ベース、キーボード、ハープというユニークな編成にて活動するバンド・んoonだ。
DE-SILO EXPERIMENT 2024
【4/13~14開催】小説から音楽、映像、メディアアートまで。研究者とアーティストのコラボレーションにより、研究知を起点に「生の実感とリアリティ」を探る2daysイベント
バンド・んoonは4/14に出演し、パフォーマンスを実施。また、研究者の柳澤田実も交えたトークセッションに登壇する。参加希望の方は、下記ウェブサイトから4/14(DAY2)「Performance Ticket」の購入を。
んoon(ふーん)は、ボーカルのJC、ベースの積島直人、ハープのウエスユウコ、キーボードの江頭健作 からなる4人組バンドだ。
まず特徴的なのは、そのバンド名ではないだろうか。感嘆(あるいは無関心)を表す日本語の擬態語「ふーん」を由来としており、「ん」は "h" であり、ハープの象りでもあるという。しかし、ベースの積島はライナーノーツ「眼球(のような耳)譚」にて、「読まれることには無関心だ」と記している。
「表音-表意-表象を右往左往し、「んおーん」とか「ぬーん」とか、どうにでも読めてしまう我々は、名前と同様に自分たちの音楽もどう読まれても一向に構わないし気にしない」
2014年に積島の声がけにより結成。メンバー幾人は結成以前にノイズをやっていたものの、活動当初からバンドを特定のジャンルに定義づけることはなかったという。
2018年6月に1st EP "Freeway"、2019年6月に2nd EP "Body"、2021年8月に3rd EP"Jargon"をFLAKE SOUNDSよりリリース。実際に、その楽曲のどれもを特定のジャンルとしてラベリングすることは難しい。
そんな、んoonの演奏や楽曲は「崩壊したアンサンブル」と評されたこともあり、積島自身もそのあり方に強く惹かれているという。一人の頭で全てを完結させるのではなく、バンドメンバーそれぞれが自分のやりたいことをやる。それでも、ぎりぎり成り立っている状態として演奏や音源が存在している。そんな状態にこそ、音楽の面白さや熱狂があるとするのだ。
このようなバンドスタイルを表すものとして、3rd EP"Jargon"に収録されている楽曲「Sniffin’」の制作エピソードを尋ねられた際には、次のように答えている。
JC「そういえば今作の制作中、どうしようもないくらい、みんなのイメージがバラバラだったんですよね。“これ海(のイメージ)だね!”って言うと、ユウコが“山だったんだけどなあ”、みたいな。全ての曲に対してイメージが全然合わなかったよね(笑)」
積島「ただ面白いのが、デモなりリハなりで1回作ってみて、みんなで聴くんですね。で、“良いね、良くなったね”と言うのに、その後共有するイメージがバラバラ。手応えがあるのに分裂気味に進んでいった感じですね」
んoonは、分野を超えたコラボレーションにも特徴をもつ。例えば、デジタルメディアを複合的に用いた美術作品の表現を探求するメディア・アーティストの谷口暁彦は楽曲「Freeway」や「Gum」のMVを手がけており、過去にはコラボレーションライブも実施している。
また、ギネスビールがスポンサーとなったグラフィックアーティストのYOSHIROTTENのプロジェクトにも「クリエイターとクラフトする」という企画にも参加。YOSHIROTTENとんoonのコラボレーション・プロジェクト『Dream’ん』では、YOSHIROTTENの制作するビジュアルイメージに応答するかたちで、んoonが楽曲を制作。40分を超える楽曲が披露されることになった。そのプロセスをYOSHIROTTENは次のように振り返る。
そこから2カ月くらい、「んoon」とやり取りを続けてた。僕がイメージをつくって、「んoon」が音で返す。そのバック・トゥー・バックみたいなことをやって、僕は16枚のアートワークをつくって、「んoon」が1時間におよぶ楽曲をつくって。そのあと、場所が青山のスパイラルに決まって、その曲を会場で流そうと。
ジャンルの境界面を“揺蕩う”バンドは「私たち性 we-ness」をどう眼差すのか?
そんな独自の活動スタイルをとるんoonは、このたび哲学者・柳澤田実の「we-ness 私たち性の不在とその希求」という研究テーマに応答し、楽曲制作とパフォーマンスを行う。
「私たち性 we-ness」の不在とその希求
政治の不在以前の「私たち性 we-ness」の喪失こそ、今日の日本人が置かれた状況ではないだろうか。日本社会における個人主義や自己責任論、オタク的な個人消費の普及は、新自由主義を政治家から吹聴されたからというよりむしろ、多くの日本人が「私たち」である感覚を持てず、「私」とそのささやかな延長しかわからないという状況から来ていると予想する。「私たち」という実感を持てない日本人は、国のために戦わないだろうが(ナショナリズムの不在)、同時に他人を助けること(道徳)にも無関心で未来の子供たちために投資すること(長期的展望)にも乏しい。「私たち」なき「私」は、多くの場合外部も超越性も持たないため、実は相当脆弱で、自分が愛着する対象によってかろうじて自己を立てることしかできない。他方で今日の様々なジャンルでのファンダム形成、ヒップホップの流行、キリスト教福音派の若年層への拡大には、どこかで超越性に基礎付けられた「私たち」への渇望が見え隠れするようにも感じる。こうした日本人の「私たち」感覚の喪失と掘り起こしを、イメージのアーカイヴとフッテージによって顕在化させ、他者と共同する中間領域がすっぽりと抜けた2020年代の日本人の「セカイ」を作品として記録し、希望的には「私たち」が生成する兆しを指し示すことを目指す。
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また、今回のコラボレーションの過程では意外な交差も生まれた。んoonの積島はもともと表象文化論を研究しており、2008年に出版された柳澤の共著書籍『ディスポジション:配置としての世界』の出版記念イベントにも足を運んでいたという。以来、約15年を経て、2人が交差するのが今回の場でもある。
冒頭で紹介したライナーノーツ「眼球(のような耳)譚」にて、積島は「バンド(私たち)を定義するもの」について次のように続けている。
「読まれること」に無関心な我々の目下の関心ごとは、「どう眼差されるか」である。んoonのレイテストナンバーである『GUM』のライナーで私は以下のように書いた。
「我々は我々の知らない我々を我々以外の眼差しから常に見たい欲求がある。」
これは詳らかに言ってしまえば精神分析家ラカンの「鏡像段階」のことで、自分たちが何者かを定義する気のない我々は殊更にその輪郭を他者の眼差しから(ある意味で無責任に)立像しようとしているというだけの話である。
ぎりぎりなかたちでバンドという共同体を成立させ、その輪郭を他者の目線から眼差そうとするんoonは、柳澤との対話を経て「私たち性 we-ness」をどのように楽曲やパフォーマンスとして落とし込むのか? そこには、今までに見たこともないような景色が広がっているはずだ。
んoonによるパフォーマンスと柳澤も交えたトークセッションに参加したい方は、下記のウェブサイトから4/14(DAY2)の「Performance Ticket」を選択し、購入してほしい。
【DE-SILO EXPERIMENT 2024のチケット購入はこちら】
んoon
2014年結成。バンド名の由来は感嘆(あるいは無関心)を表す日本語の擬態語「ふーん」から。(発音アクセントは「不運」と同じ。)「ん」は "h" であり、ハープのアウトラインでもある。直観と思いやりをコアコンセプトに、ジャンルを無駄にクロスオーバーさせるより、その境界面に揺蕩うことを重視する。2018年6月に1st EP "Freeway"、2019年6月に2nd EP "Body" 、2021年8月に3rd EP"Jargon"をFLAKE SOUNDSよりリリース。FUJI ROCK FESTIVAL '19 ROOKIE A GO-GO、全感覚祭 19、森、道、市場2022、台中ジャズフェスティバル2023(台湾)といった国内外の大型フェスにも出演するなど、精力的に活動している。
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