日本企業の「外国人雇用」はなぜうまくいかない? 雇用関係のミスマッチをもたらす“同床異夢”の研究|園田薫
近年、日本で働く外国人の数は増え続けており、2022年には約182万人と過去最高に達しています。しかし、せっかく日本企業で働き始めた外国人が、短期離職してしまうケースも少なくありません。
少子高齢化が急激に進行する日本社会は、「いかにして外国人雇用を増やし労働力を補填するか」という問いに向き合わざるを得ない状況です。しかし、日本企業と外国人社員の間で雇用関係の“マッチング”が失敗する理由は、「日本的雇用システムが悪い」「外国人のキャリア志向が原因だ」とは語られるものの、十分な検証がなされていない状況でした。
この問いに向き合い、とりわけ専門性の高い外国人と日本の有名大企業の雇用関係に注目して研究を進めているのが、産業社会学を主に専門とする法政大学・特別研究員(PD)の園田薫さんです。
「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」──デサイロではこの観点から人文・社会科学分野の研究や研究者の方々を紹介してきました。今回、興味深い研究テーマを紹介していくシリーズ「Research Curation」では、園田さんの研究に注目。
日本企業と外国人社員の間に相互理解の齟齬があるまま雇用関係が維持されている関係性を、園田さんは「同床異夢」と呼びます。産業社会学から組織研究、日本企業研究、外国人労働者研究まで、さまざまな学問領域を接続してこの関係性を明らかにする研究について、ご自身へのメールインタビューをもとに掲載します。
園田薫(そのだ・かおる)
日本学術振興会 特別研究員PD(法政大学)。1991年東京都生まれ。2021年に東京大学大学院人文社会系研究科より博士号(社会学)を取得。専門は、産業社会学/外国人労働者/人的資源管理論/組織論など。主に日本企業と外国人の雇用関係について研究。代表的な著作に『外国人雇用の産業社会学』(単著)、『21世紀の産業・労働社会学』(編著)などがある。
Q:まず、園田さんが進められてきた研究の概要について教えてください。
自分の研究は、「対象」と「現象」の2つの側面から説明をするようにしています。まず研究の「対象」については、専門性の高い外国人(文系職だと大手大企業の総合職社員、理系職だとプログラマーやエンジニアなどの、いわゆる「ホワイトカラー」と呼ばれる人々が主たる対象です)と、それを雇う日本の有名大企業の雇用関係に注目しています。まさに日本社会・日本企業が近年精力的に招き入れようとしている存在であり、今後の日本の労働力をどう補填していくべきかという社会的な課題と直結した対象だと説明しております。
一方で「現象」については、企業と労働者の雇用関係がなかなか思ったようにいかないという、より一般的な関係性のもつれに注目しています。企業人事部とそこで働く外国人それぞれにインタビューし、お互いに何を求めて雇用関係を構築するに至ったのかというところから紐解くと、お互いが相手への期待をうまく伝えきれていない、正確にいえば「全ての意図を開示する形ではコミュニケートしない」ことによって生じる他者理解に、問題の本質があるように思われます。例えば、企業人事部は外国人ならではの視点や多様な価値観を求めているだけでなく、多くの場合、ある程度日本の社会に順応していることも同時に求めています。外国人は日本企業により良い就労の機会を求めますが、いくつかの理由で「今の企業で生涯働くこと」を選択しにくい状況にあります。両者ともに、前者については相手に対して積極的にアピールする(しやすい)ポイントとなっていますが、後者の点については、相手とのコミュニケーションにおいてなかなか開示しにくい部分になります。言いにくいことを言わなくてもいいようにコミュニケートするという、私たち人間のごく自然な営みによって、お互いの意図は完全に理解されなくともコミュニケーションは進んでいきます。こうして、相手の意図や期待を完全に理解しない状態で、多くの関係が成り立っているわけです。
互いに対する期待がすれ違っているにもかかわらず関係が維持されている状態を、『外国人雇用の産業社会学』のなかでは「同床異夢」と呼んでいます。こうした現象は、必ずしも日本企業と専門性の高い外国人に特有のものではなく、むしろ私たちの身の回りでありふれたものだといえるでしょう。
これまでは、主に研究者に向けて前者の「対象」から自分の研究を説明することが多かったのですが、最近は後者の「現象」から自分の研究を説明していくことが重要だと感じております。その方が、より自分の研究を身近に感じてもらうことができ、潜在的な読者が増える可能性があるからです。そのため、最近では雇用関係における「同床異夢」という視点から、研究の要点をかいつまんで説明することが多いです。
(最近だと、流行の漫画・アニメ『SPY×FAMILY』を引き合いに出して説明することもあります。登場人物である諜報員のロイド、暗殺者のヨル、超能力者のアーニャは、それぞれ自分の活動や生存に都合が良いため、「家族」という関係を求めています。そこで3人はそれぞれの本心と経歴を隠したまま、お互いに家族になりたいという建前を貫き、擬似的に夫・妻・子という家族関係を装うことになるというストーリーです。まさに「なぜ家族になりたいのか?」という思惑が三者三様でありながらも、それでも家族関係が形成され、維持されていることをコミカルに描いた作品といえるでしょう。)
Q:現在の研究テーマに取り組まれている理由や、その経緯も教えてください。
学部生時代は、「日本に興味のある外国人って、どこにどの程度いるんだろう?」という素朴な疑問から研究を始めました。たまたま2013年にアジア学生調査という量的調査に関わることになり、ベトナムに行って現地の優秀な大学生に調査することになりました。当時ベトナムはアジア諸国のなかでも日本に関心のある優秀な学生が多く、日系企業で働きたいと考える学生も多かったのですが、彼らは必ずしも日本文化を選好し、日本企業が働きやすいと考えているわけでもないことが興味深かったのです。
では、日本で働いている優秀な外国人たちは、実際どういった理由で日本企業を選択したのか? 次の疑問は、修士課程の問いとなり、答えを求めて日本企業で働く外国人たちにインタビュー調査をしました。そこで明らかになったのは、必ずしも彼ら/彼女らが「日本企業」という就労先を選好しているわけではなく、日本に留まるという居住国の選択が日本企業で働き続ける論理を支えていることでした。この時点で、外国人側の共通点がある程度見えてきました。
さらに、外国人を雇った日本企業側の採用の論理と雇用管理はどうなっているのか? これが博士論文で新たに取り組んだテーマです。労働政策研究・研修機構で働きながら労働調査を学び、色々な調査をするなかで、外国人側から見えていた景色との相違点が徐々に浮かび上がってきました。ここまでの研究でわかったことをまとめたのが、博士論文であり、単著『外国人雇用の産業社会学』です。
これが実際に行ってきた研究の軌跡ですが、実は初めから私は日本企業という組織に強い関心がありました。それは、多くの組織が抱えている、人々の「あいだ」で発生しているとしか思えないような、ある種の非合理性を研究してみたかったからです。しかし、どうしても研究者として未熟であり、企業研究がしたくても、なかなか組織の内部に入り込むことができずにいました。
今でもその深部に到達できたのかは疑問ですし、多くの困難を抱えていますが、ようやく徐々に自分の望んだ形で企業調査・研究ができる機会が増えてきたため、現在のようなテーマで研究をしています。
Q:研究を進めるなかで、ご自身の研究テーマの面白さや魅力を伝えるとすると、どのように表現しますか?
複数の研究領域や視点からアプローチできることが最大の魅力ですね。本書が扱っている外国人雇用の問題は、日本企業という組織が抱える問題としてみれば経営学的な関心の対象となりうるし、日本経済への影響力などを考慮すれば経済学的な観点からもアプローチしうるものです。たとえばダイバーシティ&インクルージョンは日本企業においても近年ますます重要視されていますし、不平等を是正しなければならないという規範的観点だけでなく、純粋に企業や個人のパフォーマンスがどう好転するのかといった経営(実践)的観点からの実証研究も進んでいます。
また、日本の外国人受け入れ政策は、その経済効果という観点からも関心が寄せられている一方、ナショナルな共同体をどう維持するのかという政治的関心からも研究されています。無論、外国人の移動と日本社会での受け入れに関しては、これまで移民研究という視座から研究が進んできましたし、社会学も大きな役割を果たしてきました。
つまり、外国人雇用に関する問題それ自体は、かなり幅広い学問的な関心の対象となりうるわけで、そうした異なる角度からの関心をもつ潜在的なオーディエンスがいると想定されます。私自身も様々な研究分野に興味がありますし、それぞれの学問分野からみて、自分の分野でも応用可能だと思ってもらえるような議論を提供できるように心がけています。その研究の営み自体が、とても奥深くて面白いなと感じています。
Q:影響を受けた本や先行研究などがあれば教えてください。
直接的な自分の先行研究というよりも、古典的な作品にインスパイアされることが、個人的には多いですね。自分の議論の裾野を広げる枠組みを提示してくれるような研究は、これまでの古典的名著や、他領域の研究書に多いように思います。
例えば社会学の古典でいえば、バーガー・ルックマン『現実の社会的構成』は人々の意味を重視する自身の研究枠組みを構築するときに大いに役立ちましたし、医者―患者の関係性が変容する過程を描いたグレイザー・ストラウス『死のアウェアネス理論と看護』は、日本企業と外国人労働者の関係性を描き出すうえでも非常に参考になりました。そもそもこの2冊は自分の研究と関係なく昔から好きな本でしたが、単著を書くときの重要な参照点となりました。
他領域でいえば、ワイク『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』(組織論)やバーナード『経営者の役割』(経営学)、フェスティンガー『認知的不協和の理論』やフェスティンガー・リーケン・シャクター『予言がはずれるとき』(社会心理学)などは企業人事部の語りを分析する際の重要な指針になりましたし、シャイン『キャリア・ダイナミクス』(産業組織心理学)は外国人労働者のキャリアを分析するのに役立ちました。どの本も、その領域の研究者なら知らない人はいないほどの大著で、改めて内容面に言及するまでもないかと思いますが、あえてそうした原典に立ち戻ることで、自分の研究をより拡張することができたと感じております。
また単著執筆にあたって書き下ろしたのは、専門性の高い外国人であるというマイノリティ性をどう捉えるべきなのかという考察であり、これはまさに障害学や差別の哲学に関する議論に大きな影響を受けています。飯野・星加・西倉『「社会」を扱う新たなモード』や池田・堀田『差別の哲学入門』など、同時代的な問題関心を有している比較的最近の著作にも感化されています。個人的に学問にのめり込むきっかけとなった科学哲学・科学社会学の研究にも言及したかったのですが、それは今後の課題としました。
Q:ご自身の研究は、今後の社会や経済、文化などにどのようなインパクトを与えうると考えていますか?
私の研究は、シンプルなデザインで、素朴かつ当たり前と思われるような結果を導き出しています。これといって特別な理論的視座を導入しているわけでも、最新の理論や方法を用いているわけでもありません。分析も結論もシンプルで、人間関係において必然的に生じる同床異夢が、日本企業と外国人労働者においてはどこで発生するのかを愚直に分析し、マッチングの時点からすでにその綻びがあることを見つけています。「誰でもできる研究」に見える方も多いのではないでしょうか。
ですが、意外とこれまで積み重ねられてきた先行研究とは異なるし、意外と簡単にできる研究ではないようにも思います。特に組織研究と労働者研究、日本企業研究と外国人労働者研究など、それぞれ異なる感性やこだわりをもった学問空間をつなぎ、一つの枠組みに収めていくというバランス感覚が要求されます。これが意外と難しいです。自分の研究で唯一誇れるのは、そのバランスを保ちながらひとまず研究や調査を継続・発展できているということです。
単著をまとめるなかで感じたのは、異なる領域を越境し、その「あいだ」に立つことの重要性です。簡単に一方に与してしまうのではなく、常に「あいだ」を探し、妥協点を模索すること。これが私の研究の強みではないかと思っております。長くなりましたが、まさにそうしたポジショニングと研究を続けていくことで、ハッキリと白黒つけることが難しい現代社会の諸問題において、暫定的な解を提供していくことができるのではないでしょうか。おそらく解そのものも、時々刻々と変化していくでしょう。
研究者として私ができるのは、問題解決の特効薬を提供することなどではなく、その問題を共に悩み、知見を社会に還元していくというささやかな貢献に過ぎないと考えております。誰もが今よりも少し良く、より傷つかない状態になるよう、日本企業にも外国人労働者にも適切な知識やノウハウを提供できるような研究をこれからも進めていくつもりです。この研究者としての矜持の先に、より良い共生のあり方が提示できると嬉しいです。
(編集部補足)園田さんの研究詳細
以下、園田さんの研究詳細です。『外国人雇用の産業社会学』p.215から抜粋しています。(強調:編集部)
本書では,労使双方の認識という観点から雇用関係に対する理解を検討してきた。この研究視角からは,マッチングの齟齬が日本企業のもつ日本的な雇用制度や専門的外国人のキャリア志向によって生じるという指摘とは異なるメカニズムが浮かび上がる。制度を規制的側面から捉えるのではなく,それが(有意味にかかわる)レリバントなものとして当事者の理解に用いられる側面を検討することで,日本的な雇用管理制度が関係構築の契機であると同時に,関係解消を説明する動機の語彙としても用いられるという現象を明らかにした。また専門的外国人は短期のキャリア志向をもつ人材としてマッチングにおける齟齬の原因を帰責されてきたが,雇用関係が構築・維持される過程を含めて分析することで,これまでとは異なるキャリア観をもつ専門的外国人像を提示した。
労使双方の認識から分析したとき,雇用関係に齟齬が生じる原因は,外国人のキャリア志向や日本的な雇用管理制度ではなく,同床異夢が生じるような他者理解にあると示すことができる。雇用関係は,他者の理解にもとづいた相互行為の結果として構築され,維持され,解消される。他者の予期と異なる理解をもとに行為することは,雇用関係の構築・維持・解消という経済行為の背後にある他者の思惑を蔑ろにすることにつながる。日本企業と専門的外国人は,互いに関係を通して求めるものが異なっていることそれ自体が認識されないままに,それぞれ雇用関係の構築を意図していた。
このように互いの認識が嚙み合っておらずとも雇用関係が成り立ってしまうことが,すでにマッチングの齟齬を惹起する問題含みの状況を生んでいる。 いわば同床異夢のなかで雇用関係が構築されるとき,マッチングが生じた時点から存在するはずの両者の齟齬は,覆い隠された状態となる。そして両者の齟齬が顕在化して専門的外国人の離職が生じた場合,マッチング時点からのすれ違いに無自覚であるがゆえに,日本の労働環境を形づくる日本的な雇用システムがその原因として認識されやすい傾向があった。こうした一連の状況は,問題の本質が関係構築の時点から続いている双方の他者理解にあることを隠蔽し,日本的雇用システムというマクロな要因ばかりに着目してしまう状況を生む。両者が期待の誤認に無自覚であるままにマッチングが推進される昨今の状況は,日本企業と外国人の間で齟齬を生みやすい状況にあるとも捉えられる。
(p.216)
今後もデサイロでは、「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」を読み解く補助線になる人文・社会科学分野の研究をご紹介していきます。本連載シリーズにぜひご注目ください。
(編集部補足)参考リンク:
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