音声技術の「自治」にむけて。その倫理的・法的・社会的課題──声遊楽クロスダイアローグ#8レポート【小岩井ことり×標葉隆馬×中村泰貴×森勢将雅】
私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”がゆらいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第8回のテーマは、「音声技術をめぐる倫理的・法的・社会的課題」。
登壇したのは、エンタメ領域の法人向けに音声合成プロダクトを展開する、Parakeet株式会社代表取締役の中村泰貴さん。明治大学総合数理学部専任教授で、音声情報処理研究に従事している森勢将雅さん。声優でありながら作詞家、作曲家としても活躍する小岩井ことりさん。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授で、科学技術ガバナンスを専門とする標葉隆馬さんです。モデレーターは日本たばこ産業株式会社・D-LAB 声遊楽プロジェクトマネージャーの林大輔さんが務めました。
急速に進化する技術のなかで、「声」はどのように守られ、活かされていくべきなのか。
その価値と権利、そして文化の未来について、多角的な視点から議論が交わされました。
(Text by Shiho Umehara, Photo by Shunsuke Imai, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・中村泰貴(なかむら・たいき)
Parakeet株式会社代表取締役。専門はテキスト音声合成と音声変換技術。東大院・情報理工 修士課程に在学する傍ら起業し、現在4期目。同大学院 猿渡・齋藤研究室博士課程 3年次在籍(休学中)。エンタメ領域の法人向けに音声合成プロダクトを多数展開。
・森勢将雅(もりせ・まさのり)
明治大学総合数理学部専任教授。博士(工学)。音声信号処理を中心に、音声分析、合成、デザイン、知覚等の音声情報処理研究に従事。現在は、音声コーパスの構築法と合成音声を活用したビジネスモデルの研究や、歌声合成に向けた芸術言語歌詞の自動生成に関する研究に取り組んでいる。音声情報処理に関する技術指導やアドバイザ業務も実施している。
・小岩井ことり(こいわい・ことり)
声優、作詞家、作曲家。MIDI検定1級、講師資格も所持。声優としてTVアニメやゲームなど幅広く活躍する一方、作詞作曲家としてのメジャーデビュー作品では、オリコンアニメアルバムランキングで1位を獲得。全人口の2%のみが入ることの出来る高IQ団体であるMENSAの会員。「のんのんびより」宮内れんげ、「原神」雲菫。「アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ」天空橋朋花、「ぼっち・ざ・ろっく!」PAさんほか多数。
・標葉隆馬(しねは・りゅうま)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授。京都大学大学院生命科学研究科博士課程修了、博士(生命科学)。総合研究大学院大学助教、成城大学准教授、大阪大学准教授を経て、現職。先端科学技術をめぐる倫理的・法的・社会的課題 (ELSI) の分析、メディア分析、コミュニケーションデザイン、政策分析などを組み合わせながら、「責任ある研究・イノベーション(RRI)」の視点を踏まえた科学技術ガバナンスに関わる研究を進行中。主著に『責任ある科学技術ガバナンス概論』(ナカニシヤ出版 2020)、編著に『ELSI入門-先端科学技術と社会の諸相』(丸善出版 2025)、他論文多数。
・(モデレーター)林大輔(はやし・だいすけ)
日本たばこ産業株式会社・D-LAB・マネージャー。専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ研究」の1つとして声遊楽プロジェクトを立ち上げ・推進。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
声にまつわる「技術」と「倫理」の交差点
登壇者の一人目は、Parakeet株式会社代表取締役の中村泰貴さん。テキスト音声合成と音声変換を専門とし、音声技術の研究開発と社会実装に取り組んでいます。アニメやゲームといったカルチャーとの親和性の高さに着目し、研究室にとどまらず技術を社会に広めたいという思いから、4年前に起業しました。
同社のリアルタイム音声変換技術は、コールセンターやeスポーツなどで活用されています。例えばコールセンターでは、女性オペレーターだと分かることで威圧的な態度を取られるケースに対し、声を男性の声に変換することで心理的ハラスメントを防ぐ取り組みが行われています。また、eスポーツではプレイヤーの性別を特定されないようにする用途でも利用されています。
こうした技術を応用したアプリが「Paravo」です。0.06秒で自分の声を別人の声に変換でき、複数の声をブレンドすることも可能で、現在、インストール数は7万を超えています。
「声優さんの声を使う立場なので、クリーンな契約を結ぶことも重視しています。声を提供していただいた方に売上を還元する仕組みにしていて、企業向けの提供も含めて、利益が循環するように設計しています」(中村)
続いて登壇したのは、明治大学総合数理学部専任教授の森勢将雅さん。音声合成の技術開発や、その基盤となる音声データベースの構築に取り組んでいます。
現在はとくに、「言語的な意味を取り除いたうえでなお残る、『感動そのもの』を伝える要素とは何か」に関心をもっているといいます。例えば、洋楽の歌詞の意味がわからなくても感動する経験なども、その一例です。研究の一環として、映画やSF作品に登場する架空言語のように、特定の世界観や感情を伝える人工言語を自動生成する研究にも取り組んでいます。
さらに、声が人に与える印象や魅力といった「感性情報」の解析にも取り組み、声優と一般話者の違いや、声質がどのように評価されるかといった領域をデータから明らかにしてきました。こうした研究は企業との共同プロジェクトにも広がっており、音声の印象評価や分析技術として応用されています。
「いろいろな人が技術・リソースを持てるようになったほうが面白いと思って、音声を収録してデータベースとして公開するようになりました。そのなかで、声優さんと契約を結んだうえで、『ここまでなら使ってよい』という範囲を明確にし、損害が出ないように整備しました。それを研究者が使いやすい形で公開することも、自分の研究の一部です。
その発展として、声優の声とキャラクターが選べるソフトを研究用に売り込む、実験的なプロジェクトも行っています。抽象的な『誰かの声』ではなく、特定のキャラクターを設定でき、さらに声優さんの声を選ぶことができる。そのほうが、研究する側のモチベーションにつながります」(森勢)
3人目は、声優の小岩井ことりさん。2011年にデビューして以来、『のんのんびより』『メダリスト』『ぼっち・ざ・ろっく!』『アイドルマスター』などの作品に出演するなど活躍を続けています。
森勢将雅さんとは、AI歌声合成のための音声データベース構築プロジェクトを進めてきたという経緯も。小岩井さんが作詞・作曲・歌唱した計50曲をもとに、一般ユーザーでも自分の声から歌声合成を行える共通フォーマットを整備し、誰でもAI歌声を生成できる基盤づくりが進められています。
このAI歌唱ソフト「NEUTRINO」と、その後に発表されたAI音声合成ソフト「VOICEVOX」の「No.7」というキャラクターの声は、小岩井さんの声のデータベースを元に合成されたものです。
「いま、声優さんの声が意図しない形で勝手に使われてしまう、ということが頻繁に起こっていますよね。『研究目的であれば』という条件付きですが、私は率先して自分の声をいろいろな場に提供しています。それによって被害を受けたことも、これまでありません。むしろ、メリットを享受させてもらっていると感じます」(小岩井)
4人目は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の標葉隆馬さん。主に、ELSIの分析やRRIの視点から、科学技術ガバナンスについての研究を行っています。
ELSIとは、Ethical, Legal and Social Issues(倫理的・法的・社会的課題)の略称で、AI、ゲノム編集などの新技術を社会実装する際に生じる技術以外の課題のことで、RRI(Responsible Research and Innovation, 責任ある研究・イノベーション)は、科学技術開発において倫理や社会的影響を考慮するアプローチのことを指します。
「先端的な科学技術が社会に実装される際には、科学的な安全性の担保だけでなく、差別や格差などを助長したりといった思いもよらないデメリットが生まれないか、考慮する必要があります。
なぜこの視点が必要かというと、新しい技術の進歩に対して、たいてい法律のほうが間に合わないから。『法律を守っているからいいでしょ』と考えてしまうと、実は解決しない問題がある。なので、法律がつくられる前の段階で、何か決まり事を決めておくことが大事になるんです」(標葉)
権利を守る「自治」の考え方
生成AIなどの技術が急速に発展する現在、声も含めたさまざまな権利を守るために重要なことは何か。この問いについて、ELSIやRRIの視点で標葉さんに問うところから、議論は始まりました。
「最も大事なのは『自治』です。自治とはどういうことか。例えば遺伝子改変技術などもそうで、研究者や開発者側が自らルールを決めて運用を始めます。研究を進めるなかで、一度モラトリアム期間(中断)を設けて、ルールを決め再開する、ということをしています。こうして研究者がつくったルールが基準になり、各国がそれを参照して法律をつくるんです。
音声の分野でも同じようなことが起きると、研究・開発・ビジネスがしやすくなり、かつ問題は起きにくいという状況がつくれると思います」(標葉)
声の権利についての現在ある課題として、声優の声などが無断使用されてしまうといったケースが散見されます。中村さんの会社Parakeetでは、不正利用がないかを判定する「声のマッチングサービス」も開発していますが、短い発話で正確に判定するのは現段階では難しいといいます。こうした課題に対して、どのように対処していけるのでしょうか。
「遺伝についての研究では、患者団体や家族団体が研究者に協力してデータを提供しています。団体からあがってくる要求もあり、一緒に進めていることが多いです。声優の協会も同じような形で進めていくのは面白いのではないでしょうか」(標葉)
「データがあればあるほど、声の照合の精度は高まります。声優さんに協力いただければ、『声のマッチング』サービスも発展すると思います」(中村)
声は「どこまで本人か」──合成音声と法の限界
音声合成技術が高度化するなかで、「本人ではないが、本人と区別がつかない声」が生まれたとき、それはどのように扱われるのか。声Aと声Bが合成されてできた声Cが、特定の誰かの声に似ていたときに取り締まることは可能なのか。森勢さんの問いかけから、議論はディープフェイクや法制度の限界へと広がっていきました。
これに対し標葉さんは、現行の法制度では想定しきれていない領域であると指摘します。
「現行法では、おそらく完全にはカバーできていない問題です。全く別のものから合成された声であっても、本人と区別がつかない場合、それをどう扱うかは、ディープフェイクに近い問題になると思います。すでに海外では『似た声を使われた』ということで裁判になっているケースもあり、日本でもいずれ議論が必要になるでしょう」(標葉)
「そもそもデータを使わずに誰かの声を再現できてしまう時代が来たら、自分の声がAIに学習されるのを拒否しても、結局は再現されてしまうことになる。使うな、という規制だけでは不十分です。モノマネのようなものとの境界も含めて、どこまでが問題になるのかは難しいところです」(森勢)
こうした状況について、標葉さんは「避けられない問題」であるとしたうえで、視点の転換を提案します。
「声優さんの声や政治家のスピーチのように、すでに公開されているものは、AIに学習されることを完全に防ぐことは難しい。そうなると、問題は『それをどう使うか』に移っていくことになるでしょう」(標葉)
モデレーターの林さんも、同様の立場を取ると重ねます。
「完全に個人で楽しむ場合と、特定のキャラクターや本人性をある種商業的に利用する場合とでは、意味合いが変わってきますよね。法律で縛ることも必要ですが、どうしても限界がある。それ以外の方法でどうコントロールしていくかも考えないといけないと思います」(林)
「防ぐ」から「活かす」へ。声の特性と向き合う
音声の不正利用をめぐっては、他のメディアとは異なる難しさも指摘されました。そもそも「声」は形を持たず、被害の可視化や共有が難しいため、問題が表面化しにくいという側面があります。
「不正利用に反対の声をあげているのは、主に声優なんですよね。絵や写真、動画の場合は、一般の方も被害に遭うことが多くて、問題として広く認識されやすい。でも音声は、被害が見えにくい分、権利を持っている人たちだけの問題として捉えられがちなのではないかと思います」(小岩井)
誰の声なのかを判定するという点でも、音声は画像などに比べて難しい部分があります。さらに、中村さんは、技術的な判定と法的な判断の間にはギャップがあると指摘します。
「例えば一致率が99%と出たとしても、法的にどこまで有効なのかという問題があります。本当にその音声が使われたのかどうかは、また別の話になりますから」(中村)
小岩井さんは「完全に防ぐことは難しい」という前提に立ったうえで、むしろどう良い方向に活かしていくか、を考えるべきだと主張します。
森勢さんと行った音声合成プロジェクトも、そうした試みのひとつとして捉えられます。
「小岩井さんがCVを担当した『No.7』は、このプロジェクトのためのオリジナル・キャラクターなんですね。あえて、既存キャラクターを使うのをやめました。既存キャラクターを使うと、ユーザーがつくった想定外の発話によって作品や制作会社に影響が及ぶ可能性がある。新しいキャラクターであれば、問題が起きた場合でも、影響の及ぶ範囲は限定されます。そのような設計を意識しました」(森勢)
演技の領域に踏み込むべきか?技術と社会的受容のバランス

また声優の演技は、キャラクターの身体性や視点、温度感まで想像しながら声をつくり上げていく、きわめて複雑な表現です。こうした領域に、音声合成技術はどこまで踏み込むべきなのでしょうか。
「僕の会社で一番大事にしているのは、声優さんの演技の領域に踏み込まないことです。技術的には、ある声優さんの音声を十分に取得すれば、その人そっくりの演技音声を生成することも可能になると思います。
ただ、日本のアニメやゲームがここまで発展してきたのは、声優さんの演技があったから。そこを壊してしまうと、将来的に声優という職業そのものが成り立たなくなり、結果として文化の基盤も失われてしまう。
だからこそ、声優さんが担う演技の領域は侵さない。その代わりに、例えば本人が話せない言語での音声など、本来できない部分を補完する形で技術を使い、収益につなげていくべきだと考えています」(中村)
林さんも、技術の可能性と社会的な受容は別の問題であると指摘します。
「技術的に置き換えられるかどうかという問いは、工学的には意義があると思います。ただ、それを実際に置き換えていいかどうかは別の話です。将棋のように、AIに人間が勝てなくなっても、AIを活用して強くなった人間同士の対局が価値を持ち続けているように、技術は人間を置き換えるのではなく、拡張する方向に使われていってほしいと思っています」(林)
「サービスの多くは企業によって実装されるので、企業がどうルールを決めるかは非常に重要です。実際、日本でも法律が整備される前に、企業が自主的にルールをつくってきた例があります。例えば、保険会社が『遺伝情報を理由に保険料を極端に値上げしない』といった取り決めをしたことがあります。これも自治の一つです」(標葉)
声のグローバル化とローカル性
先の議論を受けて、小岩井さんは「技術を制限すること」そのものに慎重な立場を示します。
「今は配信によって各国でローカライズされた音声が使われるようになって、日本の声優の声がそのまま世界に届く機会は減っています。そう考えると、衰退の要因は技術だけではないと思うんです。
むしろ、多言語で演技ができるようになれば、日本の声優の声をそのまま世界に届けられる可能性もある。そうやって利益が還元される道もあると思うと、技術を止めてしまうことが未来の可能性を狭めてしまうのではないかと感じています」(小岩井)
この問題は、声の「ローカル性」とも関わります。林さんは、「その土地の言葉や声で表現されること自体が文化として重要な側面もある」と指摘しました。
これに対して中村さんは、地域によって前提が異なることに触れます。
「日本の声優さんの声で英語の吹き替えをつくってしまうと、英語圏の声優さんの仕事を奪うことになるかもしれません。ですが、そもそも声優文化が存在しない国もあります。そうした地域では、日本の技術で多言語化して届けていくという方向性にも意味があると思います」(中村)
他方で、小岩井さんは、現場の実感として「演技の翻訳の難しさ」にも言及しました。
「アフレコの現場では、すごく細かいニュアンスまで積み重ねて表現しています。文化によって、そういうニュアンスの感じ方も違うはずです。現地の声優さんだからこそ、その国に合ったニュアンスで表現できると思うので、すべてがグローバルになってしまうことで失われるものもありますよね」(小岩井)
技術発展と、法・権利の整備のバランス
声の権利をめぐる議論は広がりつつあるものの、法整備が現場のスピードに追いついていません。今後どのように取り組みを進めていくべきなのか。
こうした状況に対し、標葉さんは「良いサービスや企業を残すための仕組み」が重要だと指摘します。これに対し中村さんは、すでに現場では一定の「認証」に近い動きが生まれていると語ります。
「我々がプロモーションするだけでなく、音声を提供してくださった声優さんが『この企業の音声は自分が認証しているものだ』と発信してくれるケースがあります」(中村)
一方で標葉さんは、企業の姿勢の「見えにくさ」も課題として挙げます。
「そもそも日本では、AIに関する指針を公開している企業自体がまだ少ない。だからこそ、指針を公開している企業のサービスを選ぶことが、よいサービスを残すことにつながるのではないでしょうか」(標葉)
また、視聴者からのコメントで、「技術の急速な発展に対して権利整備が追いついていないのではないか」という指摘も。企業はスピードと責任のバランスをどのように取るべきなのでしょうか。
「例えば、生成AIで既存作品のアニメシーンが勝手につくられてしまう問題がありますが、線引きは非常に難しい。同人文化のように、ある程度の二次創作を許容することで作品の広がりにつながる面もある。一方で、広がりすぎても問題になる。どこまで許容するかのバランスが重要だと思います」(中村)
さらに森勢さんは、技術開発のスピードが企業だけでなくアカデミアにも波及している現状を指摘します。
「企業のスピード感は非常に速く、いまは一日でも早くリリースしないと置いていかれる状況です。その影響で、大学の研究も企業のスピードに追いついていこうとしている」(森勢)
「声の価値」はどこにあるのか?
「声の価値」はどこにあるのか。そしてそれを、どのように社会に説明していけるのか。林さんの問いかけから、最後に議論はそれぞれの立場からの「価値の捉え方」へと広がっていきました。
「ビジネスの観点でいえば、『多くのユーザーに使われる声』というのが、一つの価値の指標になると思います」(中村)
一方で森勢さんは、研究者としての視点から、異なる基準を提示します。
「分析する立場からすると、価値が高いのはむしろ『うまく分析できない声』です。これまでの知識では説明できない現象が含まれているからこそ分析に失敗する、ということ。そこに新しい研究対象があると考えています。
例えば、こんなケースがあります。人間の声は本来、声帯の振動によって生まれますよね。計算機で声帯振動(高さ)を検出することができるのですが、中には声帯振動が検出できないのに振動しているように聞こえる音声があるんですね。そうした声は高さの情報を検出しにくい。非常に興味深い現象です」(森勢)
さらに小岩井さんは、声優の実践的な立場から、「声の価値」を二つの要素に分けて捉えます。
「声の価値はひとつではないと思います。生まれ持った音色そのものの価値と、それをどう使ってお芝居をするかという技術の価値は別のもの。その2つが合わさったものが、声優にとっての価値になるのかなと。
発音やアクセントの技術は学校で学ぶことも多いですが、私は学校に所属しなかったので、現場で先輩たちの喉の動きや発声の仕方を見て、真似しながら身につけてきました。自分の身体の条件に合わせて工夫していくことも含めて、声はつくられていくものだと思います」(小岩井)
こうした議論を受けて林さんは、声の価値が「定型化できない」こと自体の重要性を指摘し、議論を締めくくりました。
声優の表現は、「この型ができれば正解」と定義できるものではなく、それぞれの個人の身体や経験を通じて立ち上がるものです。だからこそ、再現可能な形式として保存することが難しく、同時に、それが声の価値の核心でもあるといえるのかもしれません。
「今回は初のハイブリッド開催として、日本科学未来館において、一般の方にもご来場いただける形で実施しました。沢山の方にお越しいただけて大変にありがたかったですし、slidoの盛り上がりも含めて、今回のテーマに対する皆様の関心の高さを感じました。今回、研究者・表現者・企業人という異なる立場の方々にご登壇いただいての対談となりましたが、それぞれの観点から音声技術に関心と知見をお持ちの方々だったこともあり、前向きに技術の可能性や考慮すべき課題について議論ができたと感じています。よりよい「声の未来」に向けて、声遊楽プロジェクトとしてこれからも、様々な方たちとの対話を続けながら、研究と発信を進めていきたいと思います。」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)
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★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①法律ではなく「自治」。声のガバナンスは現場から立ち上がる
法整備が技術の進化に追いつかない領域において、研究者・企業・表現者といった現場の当事者が自らルールを設定する「自治」が、ガバナンスの基盤となる。声の領域でも、声優コミュニティや研究機関、実装企業の協働によって、法律に先んじる規範形成が求められている。
②論点は「学習を防ぐ」から「どう使われるか」へ移行する
すでに公開されている声を、AIによる学習や合成から完全に守ることは、技術的にも法的にも困難である。問題の中心は「学習させないこと」から「合成・利用された声がどう扱われるか」へと移りつつあり、私的利用と商業利用の線引きをはじめ、いかに社会的な合意を取り結ぶかが鍵となる。
③技術は「演技」を代替するのではなく、人間の表現を「拡張」する
音声合成技術が高度化しても、声優が担う演技という創造的領域は技術が踏み込むべきではない、という設計思想が示された。多言語対応や、本人が演じられない場面の補完など、技術を「代替」ではなく「拡張」の方向で活かすことで、文化と産業の両立が可能になる。
④「使われる」「分析できない」「身体に宿る」という声の価値の多層性
ビジネスの観点では「多くのユーザーに使われる声」、研究の観点では「うまく分析できない声」、表現の観点では「個人の身体と経験から立ち上がる、定型化しえない声」。この多層性こそが、AI時代の音声技術と社会のあいだに新たな対話の余地を開いている。
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※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
音声技術をめぐる倫理的・法的・社会的課題——小岩井ことり、標葉隆馬、中村泰貴、森勢将雅/声遊楽クロスダイアローグ #8
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声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。次回のテーマは「声遊楽のこれまでとこれから——研究と発信から文化を創るために」。2025年度に開催した全8回のクロスダイアローグを振り返りつつ、2年目となる2026年度の展望を、プロジェクト運営メンバーが語りました。
■日時
2026/4/8(水)
18:00~19:30(開催済)
■場所
YouTube配信(全編無料)
▶▶▶YouTubeでのアーカイブご視聴はこちら
■登壇者
・林大輔(はやし・だいすけ)
専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。声遊楽プロジェクト・マネージャー。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
・岡田弘太郎(おかだ・こうたろう)
一般社団法人デサイロ代表理事。一般社団法人B-Side Incubator代表理事。『WIRED』日本版エディター。クリエイティブ集団「PARTY」パートナー。2022年、人文・社会科学分野の研究者を中心とした独立研究所/シンクタンクである一般社団法人デサイロを設立し、産官学の多様なステークホルダーとの連携によるプロジェクト創出や知の拠点づくり、研究者とアーティストの協働によるアートフェスティバルのプロデュースなどを行う。1994年東京生まれ。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」選出。
・小池真幸(こいけ・まさき)
一般社団法人デサイロ編集統括。編集者。人文学をベースに、デザイン、食、暮らし、ビジネス、テクノロジーなどの領域で、研究者やクリエイター、事業家らと協働しながら企画・編集を手がける。横浜・白楽の書店など「bookpond」店主。1993年神奈川生まれ、東京大学にて教育哲学を専攻。










