「声を聞く」とは、たんなる受動的な行為ではない。声と聞き手の関係を探求する──声遊楽クロスダイアローグ#6レポート【上村卓也×田中章浩×堀内彩虹】
私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”が揺らいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第6回のテーマは、「『声を聞く』とはどのような行為か? 声と聞き手の関係を探求する」。
登壇したのは、心の創発に関心を持ち、計算論的神経科学・知覚心理学の立場から研究する上村卓也さん。東京女子大学現代教養学部心理学科教授で、多感覚知覚とその文化間比較をテーマに研究する田中章浩さん。そして、現象学の視点から「他者の声をどう経験するのか」を探究している堀内彩虹さんです。モデレーターは「声遊楽プロジェクト」のマネージャーである林大輔さんが務めました。
計算論的神経科学・心理学・現象学という三つの視点が交差するなかで浮かび上がった、「聞く」という行為の輪郭をたどります。
(Text by Shiho Umehara, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・上村卓也(こうむら・たくや)
人間の進化を計算機上でゼロから創りたい。専門は計算論的神経科学・知覚心理学。分子から個体まで幅広いスケールを対象とした計算シミュレーションや、動物実験・ヒトを対象とした心理実験などの経験を活かし、現在は主に計算シミュレーションを用いた聴覚特性の創発原理解明に取り組んでいる。最近の特技は早寝早起き(夜9時には眠くなる)。趣味はダンスやテレビゲームなど。NTT コミュニケーション科学基礎研究所所属。博士(学術)。
・田中章浩(たなか・あきひろ)
東京女子大学現代教養学部心理学科教授。博士(心理学)。人間が視覚・聴覚といった五感を通して他者とわかりあう心のはたらきに関心を持ち、認知心理学的なアプローチで研究を進めている。研究テーマは顔・声・身体・音楽・自己の多感覚知覚およびそれらの文化間比較など。著書に『顔を聞き、声を見る―私たちの多感覚コミュニケーション―』(共立出版)。小中学生の頃はラジオ、高校生以降は音楽にハマり、自称「聴覚派」。研究室HPはこちらhttps://tanakalab.sakura.ne.jp
・堀内彩虹(ほりうち・あやこ)
早稲田大学文学学術院次席研究員、日本学術振興会特別研究員PD。博士(学術)。専門は美学、聴覚論、ヴォイス・スタディーズ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2024-25年、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校音楽学部で客員研究員。第4回柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。発話者が伝えた言語的意味が聴き手によって別の意味に読みかえられる現象に興味があり、人は他者の音声をどう経験するのかを現象学的に研究している。2019年以降、現代音楽作品を自分の身体と声で体験する聞取ワークショップを開催している。
「聞くこと」へのアプローチ──現象学、心理学、計算論的神経科学の視点から
登壇者の一人目は堀内彩虹さん。美学を専門とし、現象学的な方法で「声」や「声を聞く経験」を研究しています。
堀内さんはもともと音楽大学で声楽を学んでいました。レッスン中、声の出し方を、比喩や身体感覚に結びついた言葉で伝え合う場面で、すれ違いが起きることもあれば、逆に「自分にだけが理解できる」瞬間もある、ということに気づきます。そのとき「一体、何が共有されているのか」――そうした問題意識が、研究の入口になりました。
堀内さんは、声の「聞こえ」が変化することを体験してもらうワークショップも継続しています。
「ワークショップでは、参加者の方に集まってもらって、難解なメロディーやリズムのはっきりしない現代音楽のフレーズを聞いてもらいます。最初は、ただ聞く。次は、ある程度歌える状態にしたあとに聞く。
最後にアンケートをとると、歌えるようになったあとに聞き方が変わったという方がほとんどでした。細部が聞こえるようになったり、自分が声を出している感覚になったりする、と。こうした実践を、自分の研究にフィードバックしています」(堀内)
続いて登壇したのは田中章浩さん。視覚・聴覚を含む五感を通して、人がどう他者と分かり合うのかを、認知心理学のアプローチで研究しています。聞き手が情報をどう受け取り、頭の中でどう分析していくのかに加え、複数の感覚が関与する「多感覚知覚」や「多感覚コミュニケーション」も扱っています。
「認知心理学の伝統的な考え方では、声の知覚は次のようにまとめられます。まず声が耳から入る、そして『属性別分析』(声の高さ、大きさなどを分析)、さらに声と声以外の音とが区別され、言語情報と非言語情報、パラ言語情報(どんな気持ち、どんな感じの声)に区別する、という仕方で聞かれている。
私の研究では、ここに多感覚の要素を付け加えて考えます。例えば、声を聞いている場合でも、顔の表情やジェスチャー、相手に触れるなど、複数のチャンネルを組み合わせることで感情が伝わりやすくなる、といったことが起こるんです」(田中)
そして三人目は上村卓也さん。計算論的神経科学を専門とし、「心の創発」に着目して研究しています。「心が何もない状態からどう生まれたのか」を探ることで、機械に心を実装できる可能性を見据えているといいます。
「最近の機械やAIは、心の機能の一部をすでに持っていると思います。例えば、環境を正しく認識するような能力や、論理的思考の能力などもそれにあたると私は考えています。現時点では、人間ほど複雑で豊かな心は持っていないだろうし、もし持っているとしても証明できていない。それを客観的に証明していきたいです。
より人間らしい心を機械に実装するには何をすればいいのか。そのためには、動物や人間の心が生まれた原理を理解することが必要なのではないか。機械に聴覚を実装することにも取り組んでいますが、そうした進化の視点を導入しようとしています」(上村)
「聞くこと」の能動性
議論は「人間が聞くときと、動物や機械が聞くときとはどう異なるのか」という問いから始まりました。上村さんは、音を意味へと変換していく大枠は共通している、という立場を取ります。
「機械が動物や人間と違う点の一つは、必ずしも“耳”のような身体器官を持たなくてもよいところです。一方で、人間にあって機械にないものは何かと考えると、例えば声を聞いて“良い”と感じるような、主観的な好みの感覚は機械にはありません。動物には、おそらくあると思います。
では、人間が動物と違う点はどこか。それは、自分が感じたことを言葉にして、他者にわかりやすく説明できるところではないでしょうか。自分の気持ちを言語化できることで、結果として“聞き方”そのものが変わる可能性もあると思います」(上村)
堀内さんは同意しつつ、人間と機械の差を考える鍵として「能動性」を挙げます。同時に、そこには「声を聞くこと」と「音を聞くこと」の差も含まれるといいます。
「他者の声を聞くという行為は、他の音を聞くのとは決定的に違うと感じています。その違いは“能動性”にあると思います。とても平たい言い方をすれば、受け入れる覚悟の有無が違うのではないでしょうか。
他者の声を聞くとき、私たちは聞く前から、相手の発言を受け入れる姿勢をどこかで引き受けています。ときには、聞きたくないことも含めて聞き入れる。そうした覚悟が、人間には必要になる場面があると思うんです。
声は発せられた瞬間に、物理的には身体から離れます。でも私たちは、その声を必ず一つの身体と結びつけて聞こうとする。機械音声があふれている時代で、今聞いている声が本当に人間の肉声かどうかわからないと、頭では理解している。それでも、人間的な声を聞いたときには、その背後にある一つの身体を自然と想像してしまうのだと思います」(堀内)
こうした議論のなかで、上村さんは、機械が能動性を持つ条件を設定したらどうなるか、という問いとして受け止めます。
「機械が能動的に聞いたほうが有利になる状況に置けば、外からは能動的に見える振る舞いをするかもしれない。ただし、その内側が人間の能動性と同じものかどうかは別問題でしょう」(上村)
日本人は声色重視?文化が解釈を左右する
続けて堀内さんは、能動性をより具体的に捉えるための事例を提示します。例えば、病気明けで久しぶりに学校や会社に来た友人に「大丈夫?」と聞いたとき、「大丈夫」と返答があっても、声色から「大丈夫ではない」と感じ取ることがある。そのとき、聞き手の側では何が起きているのか。
「先ほどの話ともつながりますが、他者の声を聞くという行為の能動性が表れているように思います。言語情報を言語的な意味のまま受け取ることもできたはずなんですよ。だけど、あえてそうは受け取らず、『この人大丈夫じゃない』というところに至るまで探索する。異なる意味を読み取りにいっている。それはなかなか能動的な行為だと思います」(堀内)
田中さんは、言語情報とパラ言語・非言語情報の統合という観点から、この現象を整理します。通常は言語情報が優位になりやすいが、条件によっては声色などが言語情報を上回って、解釈を左右することがある。さらにその傾向には文化差もある、といいます。
「言葉の意味がポジティブ/ネガティブ、声色がポジティブ/ネガティブ、という4つのケースに区分けして、人がどのように意味を捉えるか測る実験があります。例えば、堀内さんがあげた『大丈夫』の事例は、言葉はポジティブで、声色はネガティブ。
すると、英語圏では言葉の意味が重視され、日本人は声色を重視するという結果が出ます。個人差もあると思いますが、文化による違いともとれますね」(田中)
声の解釈は、耳に入った情報だけで決まるのではなく、聞き手の文化経験や「聞く姿勢」などとも結びつく。クロスダイアローグ第4回で取り上げられた、「女性声優の少年声」が海外では「少年」と認識されないこともある、という話にも接続していきました。
声は単なる言語情報ではない──声から漏れ出てしまうもの
議論は「身体」の側面へと進みます。田中さんは、音声知覚の運動理論を紹介しました。ある言葉がその言葉として聞こえるのは、自分が発話するときの身体運動の経験と結びついて理解される、という考え方です。
それを受けて堀内さんは、声を言語情報としてのみ捉えると見落としてしまう点がある、と述べます。
「声を聞くということは、言語情報を受け取ることと強く結びついている、と捉えられがちです。言語的な側面にフォーカスしすぎている。
私は、それと同じくらい“身体の音を聞いている”という側面も大きいのではないかと思うんです。身体は、さまざまな音を発していますよね。咳の音もそうですし、骨が鳴る音もある。声も、本来はその一つにすぎない。身体を運動させた結果として生まれる音であって、それがたまたま言語を扱っているために、特別な位置に置かれている。でも、突き詰めれば身体の音の一部ではないか、と。
だからこそ私たちは、声を“身体の音”の一つとして聞き、その人の身体の状態をそこから読み取ろうとする側面があるのではないかと思います」(堀内)
これに続けて、上村さんは進化の観点から、人間や動物が身体の音に敏感に反応するようになった背景を述べます。
「人間や動物の場合、身体の発する音が行動やコミュニケーションにおいてものすごく重要だったから、特異的に反応するようになったのだと思うんです。
機械もこういう音にこう反応せよ、と条件づけたら、同じような結果は得られるわけです。でも、人間とか動物の場合はそれを自然にやっている。それは、そうすると有利な環境にあったから、そう進化してきたわけです。
しかし、なぜ有利な環境ができたのか。機械でシミュレーションすることでその起源を解き明かせるかもしれません」(上村)
これまでのクロスダイアローグでも何度か話題にあがったのは、「顔や身体と違い、声は能動性がないと発することができないものだ」ということ。両者の違いについてどのように考えるか、林さんから問題提起がありました。
これに対し、田中さんは顔の表情に関する研究を紹介します。
「声は出そうとしなければ出ないけれど、いざ出してしまうと顔よりもダイレクトに気持ちや生体情報が伝わってしまうものだと思います。研究でも、顔の表情は隠蔽、偽装することができるという結果がある。つまらないと思っていても楽しそうな顔をしたり、怒っていても笑顔でごまかしたりできる。
反対に、程度の差はあれど、声は偽装しにくい気がします。いろいろなものが漏れ出てしまうチャンネルといえるのではないでしょうか」(田中)
この指摘に重ねて、堀内さんも声が持つ特殊性を指摘しました。
「顔の場合は、目を背けたら見ないことができる。でも、声は背を向けていても聞こえてきてしまうもの。境界を持たない、自己と他者との間に存在するものなのです。
科学技術哲学者のドン・アイディも、視覚的な存在に比べると、音は自己と他者の境界性が薄い存在だと指摘しています」(堀内)
聴覚以外の五感との関係性
最後に、聴覚と、聴覚以外の五感との関係性について話がおよびました。上村さんは、田中さんが取り上げた「触覚がポジティブな情報を伝えやすく、視覚・聴覚がネガティブな情報を伝えやすい」という研究に注目し、その違いを「距離」という視点から考察します。
「田中さんがおっしゃった研究では、視覚と聴覚に対して、触覚は少し違った情報伝達をしているということですよね。それはなぜかを考えると、視覚と聴覚は離れていても伝わる、という点がまず触覚と異なります。
動物だと、危険信号を出したり受け取ったりするときに便利ですよね。遠くの人に『危ない』と伝えたり、誰かが驚いて悲鳴をあげたり、それによって何かが起こっていることが伝わる。そういう意味で、ネガティブな情報を広めることが多かった。
それに対して、触覚は近寄らないと伝わらない。動物だと、怒っているときは威嚇して近寄らせないし、そういうしぐさをしている個体とは距離を置くように本能的になっている。反対に、心をゆるしている個体には、近づいてグルーミングを行ったりする。
こうした学習や進化の過程で、視覚・聴覚と触覚とでは伝えやすい情報が異なっていった、と考えられるのではないでしょうか」(上村)
「実験ではポジティブとネガティブに分けていましたが、そんなに二項対立的に語れるものではないかもしれません。ポジティブといっても、いろいろな種類のポジティブさがあるので。ですが顔の場合、喜びなどの感情を表現するバリエーションが少ないように思います。
それに対して、触れる行為は、愛、感謝、共感などのさまざまな気持ちを伝えられるという結果があります。声も似た作用があって、例えば『喜び』以外にも、可笑しさ、関心、安堵など、いろいろな気持ちの機微を聞き分けることができるという研究結果があります」(田中)
同じく、堀内さんも触れ合うことと、聞くことの類似性を語りました。
「触れ合った状態だと、自分が触れに行っているのか、それとも相手に触れられているのか、曖昧になっていく感覚があります。能動と受動の関係が一旦消え去る。
声もそういうものに近いように感じています。自分が声を出したとき、その音響のなかに自分がいる状態になって、境界が曖昧になっていく感覚。それは皮膚と皮膚が触れ合った状態と近いのではないか、と」(堀内)
今回の対話を通して見えてきたのは、「声を聞く」という行為が、単なる言語情報の受信にとどまらないということでした。声は、意味だけを運ぶものではない。身体の状態や文化の経験、そして聞き手が発信者の存在を受け入れる覚悟までも巻き込みながら、自己と他者のあいだに立ち上がるものです。「声を聞く」とは、単に情報を処理することではなく、他者との関係をその都度つくり直す行為ともいえるのかもしれません。
「『声を聞き手がどう感じるか』ということは声遊楽プロジェクトにおいて重要な観点の一つです。そこで今回のクロスダイアローグでは、『声を聞く』という、日常にありふれていて一見すると当たり前にも感じる行為をテーマに、研究者3名で語り合う形をとりました。同じ『聞く』という行為を関心の対象としながらも、考え方やアプローチが異なる分野間の対談は、重なる部分も異なる部分もあり、とても面白く刺激的でした。互いの視点を踏まえながら進んでいった対話を通じて、『聞く』という行為の輪郭が少しずつはっきりしていったように感じています。これからも声遊楽プロジェクトでは、声という対象に学際的にアプローチしていくことで、日常にあふれている『声』や、それを発し・聞く人間に対する理解を深めていきたいと思います」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)
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★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①「声を聞く」は単なる情報受信ではなく、他者を受け入れる「能動的行為」である
声を聞くとは、単に音声情報を受動的に処理することではない。他者の声を聞くとき、聞き手はその発言を受け入れる姿勢をあらかじめ引き受けている。ときには聞きたくないことも含めて聞き入れる「覚悟」が伴う点で、音を聞くこととは質的に異なる行為である。
②声の解釈は文化・経験によって左右される
言葉の意味と声色が矛盾するとき、英語圏では言語情報が優位になりやすいのに対し、日本人は声色を重視する傾向がある。「声をどう聞くか」は耳の性能の問題だけではなく、聞き手が持つ文化的経験や「聞く姿勢」にも依存する。
③声は言語の媒体である以前に、「身体の音」の一部である
声は言語情報を運ぶ特別な音と捉えられがちだが、本来は身体を運動させた結果として生まれる音のひとつにすぎない。咳や骨の音と地続きの存在であり、私たちは声を通じてその人の身体の状態を無意識に読み取ろうとしている。また、声は顔の表情に比べて偽装しにくく、さまざまなものが「漏れ出てしまう」チャンネルでもある。
④声は自己と他者の境界を溶かすメディアである
視覚は目を背ければ遮断できるが、声は背を向けても届いてしまう、境界を持たない存在である。こうした特性は、能動と受動の区別が曖昧になる触覚の経験にも似ている。声を発したとき、その音響のなかに自分がいる感覚──自己と他者の境界が溶けていく感覚は、声というメディアに固有のものといえる。
※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
「声を聞く」とはどのような行為か?声と聞き手の関係を探求する:声遊楽クロスダイアローグ第6回【上村卓也×田中章浩×堀内彩虹】
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声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。
次回のテーマは「声の『何を』『どのように』保存すべきか?──ボイスアーカイブのあり方を考える」。音声情報処理の研究者、ポップカルチャーにおけるメタデータやデータベース構築の専門家、アニメ制作会社のアーカイブ担当者を迎え、「声のアーカイブ」のあり方を問い直しました。
■日時
2026/2/17(火)
18:00~19:30
(開催済)
■場所
YouTube配信(全編無料)
▶▶▶YouTubeでのアーカイブご視聴はこちら
■登壇者
・高道慎之介(たかみち・しんのすけ)
慶應義塾大学 准教授。博士(工学)。東京大学、Beyond AI技術研究組合、産総研などの業務を兼任。専門は音声情報処理。IEEE 信号処理分野 若手最優秀論文賞や文部科学大臣表彰 若手科学者賞など受賞多数。多数の研究用音声データセットを公開している。最近見てよかった映画は「ひゃくえむ。」、落語は神田伯山さん。
・三原鉄也(みはら・てつや)
筑波大学人文社会系助教。博士(情報学)。マンガ制作実務の経験をベースに、情報技術、特にデータを活用したマンガの制作・流通・探索・保存を専門に研究を行う。マンガの内容・構造を利用のためのメタデータの開発とマンガ検索・解析への応用に関する研究や、メディア芸術データベース(国立美術館)など、マンガ・アニメ・ゲーム等ポップカルチャーのデータベース構築に携わる。
・山川道子(やまかわ・みちこ)
株式会社プロダクション・アイジー IPマネジメント部 渉外チーム。2001年株式会社プロダクション・アイジーに入社し、制作進行、広報を経てアーカイブ担当へ。社内で発生した原画・映像・制作データなどの保管を担当し、そのノウハウを業界内外に広める活動を行なっている。日本動画協会データベース・アーカイブ委員会 ワーキンググループ座長。デジタルアーカイブ学会理事。



