オフィスは静かすぎないほうがいい?公共の場における「声」の設計・実装を考える──声遊楽クロスダイアローグ#2レポート【浅川香×稲畑伸一郎×岡部晋典】
私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”がゆらいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第2回のテーマは、「公共の場における『声』はいかに設計・実装されるべきか?」。
登壇したのは、東京電機大学システムデザイン工学部助教で、コミュニケーションがヒトの知覚・認知に与える影響に関心を抱いている浅川香さん、業務用音響機器メーカーTOAで音のコンサルティング事業などに従事する稲畑伸一郎さん、図書館総合研究所主任研究員で図書館情報学の専門家である岡部晋典さん。モデレーターは「声遊楽プロジェクト」のマネージャーである林大輔さんが務めました。
声というものは、自分しかいないプライベートな空間で発せられるものではなく、多くが公共の場で発せられ、聞かれるものです。駅のアナウンス、店内放送、オフィスや学校での話し声──私たちの日常は、数えきれない「声」に取り囲まれています。
アナウンスや放送は、ときに人々の行動や心理に影響を与えますが、それはどのような質の声なのか。また、合成音声も使われるようになっていますが、それは「声」と言えるのか。そして、声を含む公共の場の「音」のデザインには、どのような可能性があるのか。
身近にありながら注目されることの少ない「公共の場の声」について、研究者と企業人が議論しました。
(Text by Shiho Umehara, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・浅川香(あさかわ・かおり)
東京電機大学システムデザイン工学部助教。博士(情報科学)。専門は視聴覚認知科学、感性情報学、実験心理学。三菱電機株式会社にて感性評価や行動変容、ウェルビーイングに関する研究開発に従事した後、2025年4月より現職。コミュニケーションがヒトの知覚・認知に与える影響に広く関心がある。
・稲畑伸一郎(いなはた・しんいちろう)
業務用音響機器メーカーTOAで国内営業、企業間コラボレーション、新市場の開拓等を担当した後、2021年4月に新規事業創出を担うネクストビジネス推進室を立ち上げ、「音のみえる化」活動に従事。2023年4月に音のコンサルティング事業を営む株式会社otonohaを社内起業し、音を使った空間価値の向上活動を進めている。現在は、異業種共創/協創型のコワーキングスペースを運営する、株式会社point0の取締役も兼務。
・岡部晋典(おかべ・ゆきのり)
博士(図書館情報学)。複数大学の教員を経て2021年より図書館総合研究所主任研究員。図書館づくりのお手伝いのほか、講演・執筆活動等に携わる。先進的図書館では音を積極的に取り入れている現状があり、多様な過ごし方ができる知的空間が世の中に広がるとよいなあと考えている。趣味は全国の図書館めぐり、いわゆるアニメ・漫画の聖地巡礼を兼ねたキャンプ・車中泊。
・(モデレーター)林大輔(はやし・だいすけ)
専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
図書館から「声」を問い直す
今回登壇者たちが集ったのは、超図書館総合研究所(通称、超研)。書架・ものづくりラボ・スタジオなどを備え、これからの図書館を考えるために実験と実践を繰り返す実験的装置、「企業間を超えた人々が集まる秘密基地」です。
登壇者の岡部さんは、この超研を運営する株式会社図書館総合研究所に所属し、新しく設立される図書館づくりや、よりよい図書館のサービスのコンサルティングをしています。
専門は図書館情報学。図書館情報学とは、知識や情報の蓄積・整理について研究し、それらの情報の扱い方、コミュニケーションの促進について考える学問領域です。中でも岡部さんは、理論と現場を往復、図書館の選書方針や、オープンアクセス(インターネット上で障壁なく無料で論文を読むことができる仕組み)、図書館のアウトカムなどを研究対象としてきました。そこから得られた成果を『トップランナーの図書館活用術:才能を引き出した情報空間』『アンフォーレのつくりかた』など、論文や著書の形にまとめています。
「従来の日本の図書館は、『静かにする場所』として考えられてきました。ですが海外では必ずしもそうともいえないですし、先行研究から、歴史的にもイレギュラーであることがわかっています。そういった点から、図書館、ないしは公共空間における声というものを考えてみたいと思っています」(岡部)
2人目の登壇者は、東京電機大学助教の浅川さん。三菱電機株式会社の研究所で、感性評価、行動変容、ウェルビーイングに関する研究をされてきました。オーディオの低音を好む人を対象にした信号処理、空いている場所に移動したい人の歩行支援を促す画像・音声、オフィスで作業するのに適した背景音など──その研究は多岐にわたります。
「音に限って研究をしてきたわけではないのですが、もともとの研究のモチベーションは、音声と音声じゃないもの/声と声じゃないものが知覚にどのような違いをもたらすか、というものでした。コミュニケーションが人の知覚・認知に与える影響に広く関心がある、といえるかもしれません」(浅川)
そして3人目は、TOA株式会社のネクストビジネス推進室責任者を務められている稲畑さん。
TOAは創業91年を迎える、音響設備と映像設備の専門企業。オフィスビルのほか、公共交通機関のアナウンス設備で高いシェアを誇っています。稲畑さんが所属する新規事業部署では、身の回りの音環境を良くするためのコンサルティング事業を展開しつつ、心理学・脳科学なども用いた「価値のみえる化」を行ったりと、五感を含めた音の可能性を探求しています。
そして2023年には社内起業し、オフィス、ワークプレイスの音環境を改善するコンサル事業を行う株式会社otonohaを設立。植物型のスピーカーをクラウドにつなげ、さまざまな音環境を試せるサービスを展開しています。
「音の好みは人それぞれですよね。人の声質にしてもBGMにしても好みが分かれるので、パーソナライズが大事だと思います。『ここはリラックスする空間、ここは集中する空間』といった用途に合わせて、ゾーニングすることを試みたりもしています」(稲畑)
もともと「図書館=静かにする場所」ではなかった
議論はまず、「公共空間における声はどのように形成されてきたのか」という歴史的な視点から始まりました。
岡部さんは、図書館文化の変遷を例に挙げながら、公共空間の「静けさ」は歴史的に普遍な価値ではないと指摘します。
「図書館は静かにする場所だという認識は、近代以降に形成されたものです。かつては声を出して読む音読が当たり前で、黙読は特別な訓練を要する高度な技術でした」(岡部)
実際、日本に黙読が広がったのはここ100年ほどのことであるといわれます。つまり「静かであるべき」という規範は比較的新しい文化で、絶対的なものではない。同様に、電車や飲食店などほかの公共空間でも、声の許容範囲は時代や文化によって変化しています。
「電車の中での会話はある程度許容されていますが、混雑しているときと空いているときでは、求められる声の大きさが変わりますよね。何が不快と感じられるかは、状況や文脈次第なんです」(稲畑)
浅川さんからは「『うるさくすると怒られる』と学校や家庭で教育されることが、公共空間での振る舞いにも影響を及ぼすのかもしれない」という指摘も。公共空間における「声の適切さ」は、音量だけではなく社会的文脈に依存するものだということが示されました。
「静かすぎること」の弊害
しかし近年、企業のオフィスや大学キャンパスなどでは、逆に「静かすぎること」が問題になるケースが増えているといいます。
稲畑さんは音のコンサルティングの現場で直面する課題として、次のような状況を紹介しました。
「最近は妙に静かなオフィスが増えています。昔は電話もデスクに1台置いてあって会話が飛び交っていましたけど、いまでは空調機や複合機すら静か。そうなると『声を発していいのかわからない』という不安が生まれ、結果としてコミュニケーションが滞ることがあります。
オフィスは厳密には公共空間ではありませんが、他者と同じ空間を共有しているという点で公共性がある、いわば『準パブリック』な場です。こうした公共の場で声を出すことを不安視する感覚自体、日本人特有のものかもしれません。また、どのくらいの音量や頻度だったら声を発していいのかについても、人によって感覚が異なるでしょう」(稲畑)
「では、うるさいほうが効果的なのか?」。岡部さんからの質問をきっかけに、議論は「音の感じ方の個人差」というテーマに踏み込んでいきました。
「何かを記憶して思い出すといった認知的な作業をしている場合、ちょっとした音でも成績が下がります。さらに、『作業に関係のない声』が聞こえる環境ではより顕著に成績が下がる、という研究があります。
ただ、これはかなり個人差が大きいです。同じ環境でも「ざわめきがあったほうが落ち着いて作業できる」という人もいれば、『わずかな会話も気になってしまう』という人もいます。また、人の注意は文脈にも依存しています。注意を向けていない音声であっても、文脈に沿わない単語が聞こえてくるとそちらに注意が向いてしまう、という研究結果もあります」(浅川)
「ひとくちに公共空間といっても、場所によって最適な音環境は異なりますよね。目的もそれぞれ違うし、視覚と連動している場合もありますから。だから音環境の設計は平均値では語れません」(稲畑)
どのような声が「届く声」なのか? 場と音の関係性
声が耳に入ってくるかどうかは、音量の大小だけで語れず、心理的影響・文脈・個人差が大きく関与している──そうしたことが、これまでの議論で明らかになりました。
では、「どのような声なら、必要な相手に確実に届く」でしょうか。モデレーターの林さんは音響学で用いられる「ポップアウト・ボイス」という考え方を紹介。複数の音や声が混ざる環境でも“聞き取りやすい声”に特有の音響的特徴に関する研究が行われており、とくに、避難誘導などの有事のアナウンス設計において注目されています。こうした事例を引きつつ、林さんから「注意を引く声の実装」について問題提起がされました。
放送設計の現場で「注意を引く声」について思案を続けている稲畑さんは、次のように応答します。
「『注意を引く声』について考えた場合、情報として届けなければならないものと、あったら嬉しいけどなくてもよいものの二種に分かれます。前者は、避難放送などの有事の際のアナウンス。これは危機感をもってもらう音量、話し方のパターンがある程度あると思います。一方で、設計が難しいのは後者。つまり、平常時のアナウンスです」(稲畑)
事例としてあがったのは、稲畑さんと林さんが共同で行った実証実験。商業施設で行われたこの実験では、アナウンサーに同一の原稿を複数の声質で読み分けてもらい、どれがもっとも人の行動を促すかを検証しましたが、結果は意外なものでした。
実験室では「落ち着いた声」が好まれる傾向にありましたが、実際の環境ではむしろ「少し緊張感のある声」のほうが行動を促す可能性が示唆されたといいます。それ以外にも、TOAが手掛けた無人改札の音声では、あえて音質を落としたほうが話しやすくなったという事例も。
これに対して岡部さんは、場やシチュエーションに合う音声があるのではないかといいます。
「たとえば、戦争映画で交わされる無線が耳障りのよい音声だったら、シチュエーションに合わないですよね。つまり、緊迫した場に合うような『音の汚さ』もあるのだと思いました。音質が良いことが、必ずしも良い効果を生むとは限らない。
そういう感覚は世代によっても変化するはずです。わたしの子どもがそうかもしれませんが、幼少期から、人工音声的なものに慣れているデジタルネイティブは、人間の声との差も意識していないかもしれません。したがって、音の質に対する感覚は我々とは異なるのではないでしょうか」(岡部)
「音質がよい=届く声」ではない。声は常に「場」との関係の中で成立するという、重要な視点が示されました。
「静かではない図書館」は本来望まれてもいい?
最後に、これまでの議論を包括する形で、岡部さんから図書館のこれからについて提言がありました。多くの人が「静かな場所」というイメージを持つ図書館ですが、その役割は世界的に再検討されつつあるといいます。
「どの自治体でも、図書館をこれまで使ってこなかった人に使ってほしいというニーズがあります。そして私が調査をする中で、小さな子や知的障害のある子の親御さんが、図書館が静かな場であることで使いにくさを抱えていることがわかってきました。つまり、こうした『静かにしなければいけないという圧力』が、図書館の可能性を阻害していたのではないかと」(岡部)
実際、北欧をはじめ海外では、図書館は本を借りる・読むだけの場ではなく、知的交流の場としての機能を果たしています。たとえば、ノルウェー公共図書館法では声による対話を重要視し、「公共図書館は公共性を持つ会話と議論のための独立した出会いと活動の場」と定められています。
国内でも同様の方向性を示している例として、岡部さんが紹介したのは石川県立図書館の児童書コーナー。静かに本を読めるスペースが確保されつつ、目を引くのは、本棚と遊具が一体となっており、子どもたちは身体を活用しつつ、一方で、静かに本を読んでいる子どもたちも併存しています。。そこは、「静かな場としての図書館」という一辺倒な従来のあり方を覆すものでした。
こうした図書館を含む公共の場の設計について、浅川さんは「選択の可能性」が重要であることを指摘します。
「いま、『選べること』が重要なキーワードになっていると思います。市民が主体の場だとすると、図書館全館をにぎやかな場にする、あるいは静かな場にするというのは押し付けになってしまいます。その解決策のひとつとして、ゾーニングもひとつの選択肢です」(浅川)
公共空間における声や音の問題は「静かにすれば解決する」「こういう音であれば全員が許容できる」という単純な話ではありません。技術論では収まらない、空間設計・人間理解・社会制度が絡み合う総合的な領域なのだという合意形成がなされました。これからの公共空間はどのように声や音を扱っていくべきなのか。そうした問いを開いていく形で、議論は締めくくられました。
また、今回の議論を踏まえて、岡部さんは最後のまとめとして「公共というのはパブリック、すなわちパブリッシュ出版する、紙にする、という議論に近しい。一方でプラベートというのは私秘的といった概念に近い。その間にある、「コモンズ」は。重なり合う言葉があるから成り立つのではないか」と述べていました。
「今回は研究者と企業人が入り混じっての対談であり、実験室実験の知見と現場での実践知を行き来する議論はとても面白く刺激的でした。多くの人が『当たり前』だと思っている規範・常識を『本当にそうか?』と疑い、問いを投げかけていくこと。平均化された知見だけでなく、個人や文脈など多様性に目を向けること。そして個々人が『選択できる』社会を目指していくこと。公共の場における声というテーマから出てきた議論は、それぞれの人が声を発することも聴くことも楽しめる『声遊楽』の文化を目指すプロジェクトにとって、重要な観点を示してくれたと感じています。日常に溢れる様々な声に改めて耳を傾けながら、プロジェクトを進めていければと思いました」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)
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★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①「静かさ」は普遍的価値ではなく、場に応じて変化する文化規範である
静けさを当然視する図書館・公共空間の設計観には、近代以降の文化的・制度的な歴史が深く関わっている。「静寂を守ること=善」とみなす価値観は、別の可能性を抑制する側面を含んでいる。
②声・音は“場”との関係性の中で意味づけられる
音量や音質といった技術的スペックだけでは、声の「届きやすさ」「適切さ」は語れない。注意・認知・心理・文脈・個人差など、さまざまな要素が相互に作用する中で、どの声が“場にふさわしい”かは設計と調整の問題になる。
③選択の可能性としてのゾーニング
公共空間や図書館において、一律の静寂・一律の会話禁止ではなく、用途・時間・利用者の志向に応じて“声環境を切り替えられる設計”が鍵となる。ゾーニング、音響可変性、ユーザー主導の切替機構などが重要な装置となり得る。
④「音質の粗さ」も設計変数となる
必ずしもクリアな音質が最適ではない場面がある。逆に音質を落としたり“ノイズを含む音声”を意図的に用いたりすることで、注意を引いたり、場の違和感を逆手にとる可能性を引き出せる。
※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
公共の場における「声」はいかに設計・実装されるべきか?:声遊楽クロスダイアローグ第2回【浅川香×稲畑伸一郎×岡部晋典】
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声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。次回のテーマは「『私の声』はどこまで拡張し、いかなる影響を及ぼすのか?」。声遊楽プロジェクトの大きなテーマである「声における私らしさ」を軸に、人間(身体・心理)と工学技術、そして表現の実践を往還しながら議論を深めます。
■日時
2025年 10月 24日 (金曜日)
18:00~19:30
■場所
YouTube配信(全編無料)
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■登壇者
・柳田耀(やなぎだ・ひかる)
NTT株式会社 人間情報研究所 研究員。音声知覚に関する心理物理実験を行い、特に人が自分の声をどのように受け取るかについて研究している。自分の声に対する違和感や親しみなどの多様な反応に着目し、こうした反応の個人差を明らかにすることで音声知覚メカニズムの理解や音声アプリケーションの発展に貢献することを目指している。
・國見友亮(くにみ・ゆうすけ)
東京大学(博士課程)。専門は身体性認知、HCI。声によって人の認知がどのように変化するのか興味があり、研究しています。
・セイ・クイーン
私立バ美肉学園声楽部部長。配信活動4年目で、ボイスチェンジャー歌唱の永遠の探求者。裏声アプローチによる繊細な歌唱から地声を混ぜたロックまで幅広い表現を模索し、どうしたらセイ・クイーンとして魅力を出せるかをいつも悩んでいる。バーチャル美少女ねむ主催のバ美肉紅白に3度出場。これからも自分の声、歌唱表現と向き合い続ける。



