私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”がゆらいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第10回のテーマは、「『文化』はどのようにできるのか?人々が生み出し、育み、伝えるもの」。
登壇したのは、図書館総合展運営委員会事務局長の長沖竜二さん。福岡大学商学部教授で、一般社団法人ヒマラボ代表理事としてシチズンサイエンスと地域の探求文化づくりに取り組む森田泰暢さん。民俗学と考現学を愛する、書店員VTuberの諸星めぐるさんです。司会は声遊楽プロジェクトマネージャーの林大輔さんがつとめました。
図書館、シチズンサイエンス、VTuber——異なる三つの領域が交差するこの対話では、文化はいかにして生まれ、育まれ、広がっていくのか。つくる側と参加する側の境界、そして周辺からメインストリームを塗り替える力についてなど、多角的な視点から議論が交わされました。
(Text by Shiho Umehara, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・長沖竜二(ながおき・りゅうじ)
図書館総合展運営委員会事務局長。年鑑編集、ニュースサイト編集を経て2017年より現職。発注(公)>受注(民)という立場交替のない”一方向”の業界ですが、その業界トレードショーである本展は、出展-来場関係がかなりインタラクティブ。話す側/訊く側の逆転が頻繁です。<生み出し育み>も双方向。<声>は本展にとっても示唆の多い分野だと感じます。アカデミアの人間ではありませんが、そうした絡みで参加させていただきます。
・森田 泰暢(もりた・やすのぶ)
福岡大学商学部 教授。福岡大学商学部シチズンサイエンス研究センター センター長。一般社団法人ヒマラボ 代表理事。2019年、探究する地域文化の醸成をミッションとするヒマラボを設立。太宰府市に「学問する文化」を醸す実践を重ねている。2021年には市民参加型科学の研究を行うセンターを設立。独立研究者とともに活動中である。専門は経営学、シチズンサイエンス。農学修士、経営学博士、人間中心設計専門家。
・諸星めぐる(もろぼし・めぐる)
民俗学と考現学をこよなく愛する書店員VTuber。GAMABOOKS所属。民俗学解説配信、本の紹介、学術系VTuberリレー配信「スクールオブチューブ」主催など幅広く活動している。特に民俗学関連では、民俗学者へのインタビュー、全国の博物館の取材&撮影など、「学ぶことは楽しい」をコンセプトに情報発信をしている。
・(司会)林大輔(はやし・だいすけ)
日本たばこ産業株式会社・D-LAB 声遊楽プロジェクトマネージャー。専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
シチズンサイエンス、図書館、VTuber。「場をつくること」へのそれぞれの関心
最初に自己紹介した福岡大学商学部教授の森田泰暢さんの専門は経営学で、シチズンサイエンスも研究対象とし、大学内に研究センターも設立しています。また、「暇な時間に研究しよう」という意味を込めた、一般社団法人ヒマラボを通じて、地域の中に探究の場を作る活動も行っています。
シチズンサイエンスとは、市民が主体的に研究したり、研究者と協働して行う研究活動のこと。森田さんはこのアプローチをビジネスや街づくりにも応用できると考え、さまざまなプロジェクトが一覧できるプラットフォーム「CoLabField」の監修なども手がけています。
その他の活動として、太宰府市に「学問する文化」を醸すことを掲げ、太宰府をテーマにした俳句や短歌をAIに読み込ませて町の特徴や観光課題を引き出すこともしています。
「地域文化を育むには、その地域に何を所有させるかが重要だといわれています。その際、建物や神社仏閣、企業のようなハードウェア、シンボルはもちろんですが、どういう価値観や行動パターンがそこにあるかに私は注目しています。
たとえば、関西には『面白い人はかっこいい』という価値観があり、『ボケとツッコミ』のような行動パターンがありますよね。私は太宰府市に『学問する文化』を醸成したいと思っていますが、そのために『好奇心が強いことは面白い』という価値観を埋め込むと同時に、読んだり書いたり実験したりする場をつくって、行動パターンに落とし込んでいきたい。その一環として、去年は街の人たちと35回ぐらい読書会をやりました 」(森田)
続いて自己紹介したのは、図書館総合展運営委員会事務局長の長沖竜二さん。図書館総合展は、全ての図書館関係者を対象とするトレードショーで、「図書館の今後」を考え、新たなパートナーシップを築く場です。会期は、会場での3日間とオンラインの約1ヶ月。来場者は1万4000人、出展者も約200団体にのぼります。図書館システムや設備を手がける企業のほか、博物館・観光・イベントファシリテーターなど隣接分野の参加者も多く、運営委員会主催のフォーラムでは、企業主催のフォーラムでは扱いにくいテーマや範囲をカバーしており、多様性のあるイベントとなっています。
ユニークな取り組みのひとつとして、トレードショーであるにもかかわらず、将来の業界仲間・顧客候補として「学生」を入場者カテゴリに設定し、展示ブースツアーなど学生向けの企画も実施。また、来場者自身が「つくり・発表する側」に回る企画も展開しています。そんなイベントを運営する長沖さんが課題として挙げるのが、図書館の「つくり、育む」機能です。
「最近の図書館では他の文教施設でも求められているように、『つくり・育む機能』が期待されていて、ワークショップや、参加者同士で学び合うイベントなどがよく主催されます。
ただ、そうした試みがすべて成功しているかというと話は別です。『出来の良し悪しは問わないのか』『つくって満足、になっていないか』『ファブラボとして外部からの評判を生めるか』……ワークショップ主催者の思惑・参加者の満足・外部からの感心、三者のバランスのある仕組みがつくれるのか考えています」(長沖)
3人目の登壇者は、書店員VTuberの諸星めぐるさん。”SNS上のまちの本屋さん”である「GAMABOOKS」に所属しながら、民俗学や考現学の魅力を発信しています。ISBNを取得した雑誌「Hukyu」を刊行するなど、VTuberとしては異色の活動も行っており、同誌では民俗学とバーチャル文化を特集しています。
「VTuberのなかでは比較的珍しいことをしているという自負があります。小説家の方や、リアル書店の書店員さん、大学の先生、学芸員の方をお呼びしてお話を伺う、公開取材のようなこともしています。それから最近は、Gakkenとのコラボ動画(配信予定)、平凡社、北海道博物館、国立歴史民俗博物館への潜入取材などにも取り組んでいますね」(諸星)
「参加者が主体になる」仕掛けをどうつくる?
シチズンサイエンス、図書館、VTuberと異なる分野の3人ですが、「参加者の主体性を促す」ことに取り組んでいる点においては共通しています。多様な人が主体的に関わる場をどうつなぎ、維持していくか——そんな問いが、まずは林さんから投げかけられました。
森田さんの読書会は、35回のうち約25回を、町の人が自主的に企画したといいます。最初の10回は森田さんが働きかけたものの、続けるうちに参加者の人数も増え、別の読書会グループが「うちも『ヒマラボの読書会』という名前をつけていいですか」と声をかけてくるなど、広がりを見せています。
「会を主催するとき、最初の馬力は必要ですね。でも、ある程度乗ってくると、あまりこちらが働きかけなくても進むようになっていく。
私の読書会は、ビジョンは掲げていなくて、テーマと行為だけがある感じなんです。参加者の目的意識はバラバラだけど、なんとなく興味と行為は共通している。そういうときに場が続いていくのだと実感します。それがだんだんと行動パターンのようなものになっていき、積み重なって、最終的には『文化』になるといいな、と」(森田)
また森田さんは、最初の10回は意識的にハードルを下げることを心がけていたといいます。「表紙を見て語るだけでもいい」というような入口の広さが、参加者の継続につながっています。
この話を受けて、諸星さんは民俗学の視点から補足をしました。
「参加者は『読書』と『会』の間にあるものを楽しんでいるのかなと思いました。つまり、『読書会とはこういうものだ』という先入観を解きほぐして、曖昧なものとして受け入れているのかな、と。
民俗学の研究で、世代や地域に応じて『緑』と『青』の境界がかなり曖昧だといわれているけど、こういったものと近い話に思えます。色度で厳密に『ここから緑、ここから青』と決めるのではなく、経験則で曖昧にできる部分がある。そこからコミュニティというものが立ち現れてくるのではないかと思うのです」(諸星)
「曖昧にして良しとする」こと——それが場の継続を支えるのだとすれば、文化とはそもそもどのようにして成立するのか。議論はそんな問いへと自然に向かっていきました。
文化には「曖昧さ」が必要
「文化として受け入れられるために何が必要なのか」という問いに、VTuberでもある諸星さんは自身の経験から語ります。
「先ほども少し言ったように、言葉のその曖昧さ、抽象化というものをいかに共有・共感できるか。それが果たされたときに文化になるのではないかと思うんです。
VTuberというのも定義が難しい。人によって『これはVTuberじゃない』あるいは『いや、これもVTuberだ』という範囲がバラバラです。ある程度広がりを持ってVTuberという言葉が受容されないうちは、本当の意味での文化とはいえないのかもしれない、とも考えます」(諸星)
長沖さんも「曖昧さ」を残しておくことを肯定します。ここで引き合いに出されたのは、長田弘の『世界は一冊の本』という詩。この詩では書かれた文字だけでなく、自然、街、砂漠までもが「本」として語られていることに触れ、境界を広げる態度の重要性を指摘しました。
「文化を形成していくうえで、まずは『これもあれもVTuberだよ』と言ってしまう態度が大事なのかもしれない、と感じました。これは本の世界にも言えて、『本とは紙の本だ』という信仰がいまだにあるんですよね。この考えは、参加者拡大の可能性を限定してしまうことになります。図書館の利用者でカードを持っている人は、どこの街でも20%を超えることは少ないですから(積極的に活字を読む人の割合はこれを超えないと推測されます)」(長沖)
森田さんはイノベーション普及理論の観点から「16%を超えることが大きな壁とされている中で、図書カードを持つ人が町に20%いるという事実は、実はかなりの潜在力を示している」とした上で、自身の活動はそうした関係人口を広げることだといいます。
「そのために、参加者の立場や目的が違っていても、議論を無理に決着させないことにしています。たとえば、農業の本を課題図書にしたとき、オーガニックを好む人と農薬を適切に使うべきだと考える人が同じ場に集うことがあります。意見の対立があっても『こういう結論に持っていこう』『何らかの答えを出そう』とせず、ねじれをそのままにしておく。そうすると、自然と次回につながっていく実感があります 」(森田)
結論付けることよりも、曖昧さを残しながら続けることが、場や文化を育てていく。三者の語りはそれぞれ異なる領域から出発しながら、その一点で重なり合いました。
「自覚」することで拡張するコミュニティ
文化を育てる上で「曖昧さ」が重要だとすれば、ではその文化に参加していることを人はどう自覚するのか。議論はここから、オンライン空間における関係性のつくり方へと移行していきました。リアルと違い、オンラインでは匿名同士の関わりが多く、つながりがあっさりと切れやすいのではないか。そんな問題意識から、諸星さんにVTuberという文化の実態が問われます。
諸星さんによれば、発信者である自分が視聴者側の能動性に委ねている部分が大きいといいます。配信を聴くこと自体に時間的な拘束があり、チャット欄にコメントを打つにはスマホやキーボードに触れるという能動的な行為が伴います。
「リスナーさんのなかには、チャット欄に書き込む、リアクションボタンを押す、他にも荒らし行為や『お気持ち表明』(配信者やリスナーが感情や主観的な意見、不満などを長文で表明すること)をする方もいます。これらの行為は受動的なていを取っているけど、実は能動的だと私は思っていますね」(諸星)
森田さんはこの話に、自身の読書会との共通点を見出します。経験上、熱心な層からまず習慣化が始まり、それがもう少し外側の層にも自然と染み込んでいくといいます。では、その「熱心層の次」にどう広げていけばよいのか。
「リスナーさんが自身の行為を能動的なものだと”自覚”していただくことが鍵だと感じています。
民俗学的に言うと、祭りにもそういう側面があります。参加しているのだという自覚をつくることが、コミュニティ文化への参加を促すと思います。ただお菓子をもらうだけじゃなくて、お菓子を配っているのが友だちの母親であることに気づくとか、ただ写真を撮っているだけじゃなくて一緒に踊るとか。自分もそのなかの一員であるという意識を持つことが重要なのだと思っています。それが熱心な層を広げていくことにつながるのではないでしょうか」(諸星)
VTuberは“文化化している”途中?
現在進行形で急速に変わり続けるVTuberの世界。では、VTuberはすでに「文化」たりえているのか。ここから「文化」をキーワードに、「VTuberとはどのような存在か」という議論に発展していきました。
その問いに対する答えは、実は一つではありません。Tシャツをカメラに近づけて喋らせてもVTuberになりえるし、YouTube上に存在していればVTuberになりえると諸星さんはいいます。また、人魚や妖精などの世界観を持つ人から、諸星さん自身のように日常に近い声で話す存在まで、現在6万人ともいわれるVTuberの在り方はさまざまです。
だからこそ、様式をめぐる議論や賛否両論が絶えない状態だといいます。「じゃあこれはVTuberなのか」という問いを繰り返しているのが、「VTuberの民俗学界隈」だと諸星さんは表現しました。
「VTuber文化はYouTubeに依存しているので、おそらく半世紀以内には必ず変革を迎えるんだろうなという感覚があります。YouTubeがなくなったとき、VTuber文化として残っているのかと問われると、難しいと言わざるを得ない。
いま個人的に、VTuberの世界について記述する『Hukyu』という雑誌をつくっていますが、「文化になろうとしていた」記録を残したい。しかも、さまざまな人たちがVTuberに携わっているという自覚を持っていただくような形で残したいと思っています」(諸星)
これを受けて森田さんは、「途中」である状態そのものを捉えた研究を紹介しました。
「eスポーツはスポーツなのかという議論がありますが、研究論文のなかには『スポーツ化している途中なんだ』とする見方もあります。それと同様で、VTuberも“文化化している”途中なのではないかと思いました」(森田)
「開かれたギルド」としての図書館
議論も終盤に差し掛かり、図書館という文化について話が及びました。長沖さんから見て、図書館、あるいは図書館総合展はどのようなものとして映っているのでしょうか。
「文化というものは自然に要素が集まり構成されるものではなくて、編集やコントロールが必要だと考えています。図書館といっても、国会図書館から幼稚園の資料室までさまざまです。ですから、各人に集まり繋がる気になってもらうよう『あなたたちは一つの屋根の下にいるんだ』というメッセージを常に送り続けています」(長沖)
「『ここからここまでが一つのエリア』だと示すことが、有効に働く場面があるのだと思います。それが、ある種の行動パターンをつくりやすくするのだろうと。VTuberの場合、オンライン空間ですから、エリアが広いですよね。ハッシュタグで繋がったり、強固ではないけど、緩い繋がりのようなものはつくれたりするとしても、やはり現実の空間のほうがエリアをつくりやすいことは確かだと思います」(森田)
長沖さんいわく、図書館総合展についても同様のメッセージを発信することが重要だといいます。
「図書館総合展に学生たちが来ていることに対して、以前は『文化祭を見に来ているんじゃない』という否定的な意見がありましたが、『ここに参加している人たちは大きなギルドなんです。学生が何年後かにお客さんである可能性がありますよ』という物語を発信し続けているうちに収まりました。同時に、博物館、観光業の人にも、図書館との繋がりを伝えています。図書館を中心にした『開かれたギルド』のようなものだと思っていますね」(長沖)
この話を聞いた諸星さんは、民俗学の「マレビト」信仰と重ね合わせます。
「『マレビト』とは、村の外からやって来る神様的な存在・精霊的な存在です。こういう存在をないがしろにしたり、丁重に扱わないでいると、バチが当たると言い伝えられている。だから、村人は彼らを大いにもてなして帰していた。図書館総合展もまさに、マレビトをもてなすような要素があるのかもしれないですね」(諸星)
周辺からメインストリームへ ——新しい文化の生成過程
最後に、長沖さんが図書館の社会的な見え方や制度的な問題に切り込みました。市民に図書館を活用してもらえるよう、職員がさまざまな試みを行っていますが、長沖さんはそのすべてが成功しているわけではないといいます。
「子育て世代に向けて、図書館で『読み聞かせ』イベントが開催されたりしています。でも、図書館業界以外の人が『読み聞かせ』という言葉を聞いたら、あまりよいイメージを持たないのではないかと思うんですね。『聞かせ』ってちょっと上から目線じゃないですか。
もちろん、『読み聞かせ』は一定の効果を上げてきたので、一概に失敗だとは言えないのですが。市民に来てもらえる仕掛けをつくろうと頑張ってはいるのだけれども、イベントの作り手と利用者との間に距離を感じるのも事実です」(長沖)
図書館の運営は、とくに指定管理者制度のもとでは行政側から細かく基準が設けられており、不自由が生じているといいます。VTuberの世界が月単位で更新され続けるスピードとは対照的に、「自習室で独り言を言ってはいけない」といった定義レベルの制約まで存在しています。そうした硬直した構造が、変化を阻む一因になっているようです。
これに対して森田さんは、こうした状況は図書館だけにとどまらないと指摘します。そのうえで、業界の中心にいる人たちではなく、周辺の人たちの試みこそがブレイクスルーになり得るという考えを示しました。
市民研究者の世界でも、例えば、伝統的にアナログな観察手法が根強く残る分野において「カメラで撮ってAIで分析すればいい」といった新しいアプローチがアカデミアの中心にはなかなか受け入れられないものの、オンラインの自由研究発表会などの場で着実に育ちつつあるといいます。
「論文にはなっていないけど研究としては前に進んでいる、という状態がアカデミアの周辺で生まれてきています。こういう周辺で始まった手法やアプローチがメインストリームになる、あるいは市民研究者がメインストリームにのしあがる形で、文化が塗り替わる可能性もあるんじゃないかと思います。
図書館文化も、中心にいる人たちのなかでは『こうあるべき』が強いけれど、周辺にいる人たちが『図書館ってこういうものじゃないの?』と新しい定義を打ち出すこともできるかもしれませんね」(森田)
図書館も、VTuberも、シチズンサイエンスも、それぞれがまだ「途中」にある。そして文化とは、誰かが定義を決めた瞬間に生まれるのではなく、受け手や周辺にいる人たちも含めた関わりが積み重なった先に、気づけば存在しているものなのかもしれません。
「今回は、それぞれ異なる領域にいらっしゃりながら、どこか活動や考え方に重なりのありそうなお三方にご登壇いただいての対談でした。お三方が互いに関心を持って、問いを重ねながら応え合っていく形で進んだ対話はとても心地よく、想像以上に面白く広がりのある回になりました。曖昧さの共有と許容、つながりや参加への自覚、興味と行為の重なりによる場の形成など、これからの声遊楽プロジェクトの進め方にヒントを沢山いただけました。また、『人々が生み出し、育む文化』という視点をはじめ、今回の対談の内容は、次回以降の声遊楽クロスダイアローグにも関わってくるものが多いと感じています。声遊楽の文化の創造と醸成に向けて、引き続き議論を重ねていければと思います」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)
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★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①文化は「場」の継続から立ち上がる
文化は製品や事業があれば自然に生まれるものではなく、人々が関わり続ける「場」の積み重ねから立ち上がる。最初は主催者の働きかけ(馬力)が要るが、ある段階を越えると参加者が自ら企画し始め、場が自走していく。ビジョンを掲げずテーマと行為だけを共有し、入口のハードルを下げておくことが、継続を支える。
②「曖昧さ」を許容することが、文化の成立条件になる
「緑」と「青」の境界が経験則で曖昧に共有されるように、定義を厳密に閉じず、抽象化された言葉や輪郭を多くの人が共有・共感できたとき、文化は立ち現れる。VTuberの定義が人によって揺れることや、「本とは紙の本だ」という信仰を広げる態度をめぐる議論は、その曖昧さこそが参加の可能性を開くことを示す。意見の対立も無理に決着させず、ねじれを残すことが、次回への接続を生む。
③「参加している」という自覚が、コミュニティを外側へ広げる
チャット欄への書き込みやリアクションなど、受動的に見える行為も実は能動的なものだ。祭りで「お菓子を配るのが友だちの母親だ」と気づくように、自分もその一員だという自覚をつくることが、コミュニティ文化への参加を促す。熱心な層からまず習慣化が始まり、その自覚が外側の層へ染み込んでいくことで、文化は厚みを増していく。
④文化は「途中」にあり、周辺からメインストリームへと塗り替わる
eスポーツが「スポーツ化している途中」と捉えられるように、VTuberも図書館もシチズンサイエンスも、完成した文化ではなく「文化化している途中」にある。論文にはならずとも前進する研究や、中心では受け入れられにくい新しいアプローチは、周辺の実践の場で着実に育つ。周辺から始まった営みがメインストリームを塗り替え、新たな定義を打ち出していく可能性に、文化の生成過程が見出せる。
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※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
「文化」はどのようにできるのか?――人々が生み出し、育み、伝えるもの|声遊楽クロスダイアローグ #10【長沖竜二×森田泰暢×諸星めぐる】
声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。次回のテーマは「『人間の声』の文化はいかにして育まれてきたか?――落語や歌からアニメ、2.5次元まで」。ボイストレーニング、言語学・音声学、ポピュラー文化研究の視点から、伝統的な話芸からアニメ、2.5次元まで、多様な「人間の声の技術と文化」がいかに育まれてきたのかを問い直します。
■日時
2026/6/22(月)
13:00~14:30
■場所
YouTube配信(全編無料)
▶▶▶YouTubeでのご視聴はこちら
■登壇者
・長塚 全(ながつか・ぜん)
Zen Voice Factoryボイスディレクター/ボイストレーナー。発声生理学を基盤にした科学的トレーニングを実践。現在までに300人以上の歌手や声優、ナレーターを指導。Eテレ「ビストロボイス」では発声生理学監修、声のソムリエとしてレギュラー出演。ボーカルでは10枚のCDをリリース。俳優ではロックミュージカル「ピンクスパイダー」2.5次元舞台「TIGER &BUNNY THE LIVE」(ブライアン役)、緋色の欠片(ツヴァイ役)に出演。
・川原 繁人(かわはら・しげと)
慶應義塾大学言語文化研究所教授。マサチューセッツ大学大学院にて博士号(言語学)取得。ジョージア大学助教授、ラトガーズ大学助教授を経て現職。著書に『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)、『言語学者、生成AIを危ぶむ』(朝日新聞出版)、『友だち以上恋人未満の人工知能』(KADOKAWA)など。
・須川 亜紀子(すがわ・あきこ)
横浜国立大学教授。専門は、ポピュラー文化論、オーディエンス/ファン研究。特にアニメにおける少女表象や2.5次元文化の女性ファンの研究に従事。単著に『少女と魔法』(2013、*2014年日本アニメーション学会賞受賞)、『2.5次元文化論』(2021)。編著書に『ジブリ・アニメーションの文化学』(2022)、Mechademia Second Arc 15:2 特集「2.5D Culture」 (2023)、『2.5次元学入門』(2024)など。Women in Japanese Animation (WIJA)プロジェクトも進行中。



