「私の声」を拡張できる時代、「自己」はいかにして変わりうるか?──声遊楽クロスダイアローグ#3レポート【柳田耀×國見友亮×セイ・クイーン】
私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”がゆらいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第3回のテーマは、「『私の声』はどこまで拡張し、いかなる影響を及ぼすのか?」。
登壇したのは、NTT株式会社 人間情報研究所で音声知覚の観点から研究を行う柳田耀さん、産業技術総合研究所で「声と人の認知変化」を研究する國見友亮さん、ボイスチェンジャーで声と歌唱表現を探究するVTuberのセイ・クイーンさん。モデレーターは「声遊楽プロジェクト」のマネージャーである林大輔さんが務めました。
いま、ボイスチェンジャーやAIなどの技術によって、「声を変える」ことが現実のものとなりつつあります。そのとき、私たちは自分の声をどう捉え、どう生きていくのか。
声の感じ方、自己と他者の境界、そして技術による拡張の可能性について、研究者と表現者が語り合いました。
(Text by Shiho Umehara, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・柳田耀(やなぎだ・ひかる)
NTT株式会社 人間情報研究所 研究員。音声知覚に関する心理物理実験を行い、特に人が自分の声をどのように受け取るかについて研究している。自分の声に対する違和感や親しみなどの多様な反応に着目し、こうした反応の個人差を明らかにすることで音声知覚メカニズムの理解や音声アプリケーションの発展に貢献することを目指している。
・國見友亮(くにみ・ゆうすけ)
産業技術総合研究所 人間社会拡張研究部門 インターバース研究グループ所属。専門は身体性認知、HCI。声によって人の認知がどのように変化するのか興味があり、研究しています。
・セイ・クイーン
私立バ美肉学園声楽部部長。配信活動4年目で、ボイスチェンジャー歌唱の永遠の探求者。裏声アプローチによる繊細な歌唱から地声を混ぜたロックまで幅広い表現を模索し、どうしたらセイ・クイーンとして魅力を出せるかをいつも悩んでいる。バーチャル美少女ねむ主催のバ美肉紅白に3度出場。これからも自分の声、歌唱表現と向き合い続ける。
・(モデレーター)林大輔(はやし・だいすけ)
専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
声が変わると、人格も変わるのか?
登壇者の一人目は、NTT人間情報研究所の研究員・柳田耀さん。NTTでは、人とAIのインタラクションについて研究しています。音声合成技術が進歩し、人間のような音声を出すことも可能になったというこの時代に、「人は自分の声をどう感じるか」という問いが浮かび上がってきたと柳田さんは言います。
研究の一環として、日本人を対象に自分や他人の録音音声を聴かせ、その印象を評価してもらうという大規模な知覚評価実験を実施。その結果、以前よりも「録音音声を自分の声と認識できる」人の割合が増え、自分の声を「より自分らしい」「親しみを感じる」と評価する傾向が見られました。
「一方で、魅力度については他人の声と大きな差は見られませんでした。ただし、アメリカや中国では『自分の声のほうが魅力的』という結果もあり、文化的背景が影響している可能性があります。
自分の声の捉え方には個人差があるとはいえ、性格や習慣が関わっているのは確かなようです。外向的で自己肯定感が高い人、自分の録音音声をよく聞く習慣がある人ほど、自分の声をポジティブに捉える傾向があると指摘されています」(柳田)
続いて登壇したのは、産業技術総合研究所の特別研究員・國見友亮さん。身体性認知やHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)を専門にしています。國見さんの研究の中で、今回のトークテーマともっとも関係しているのが、國見さんが「パラキート効果」と呼ぶ現象です。
「自分の声をアニメキャラクターの声など『理想のイメージの声』に変えると、そのイメージが自分に付与され、自己の認知能力にも影響するという結果が出ました。アバター研究では同じような現象を『プロテウス効果』というのですが、そのいわば声版です。
パラキートはオウムの一種。自分の声が変換された音声として返ってくるところが、オウムの模倣行動のようだと考え、こう名付けました」(國見)
國見さんの研究では、このパラキート効果が長期的に生じていると考えられる、ボイスチェンジャーを使ったり、あるいは「両声類」と呼ばれる自分自身で声を変換したりしているVR SNS内の方々を対象に、自己認識がどのように変化しているかをアンケート調査しています。
そして3人目は、VTuberのセイ・クイーンさん。ボイスチェンジャーを使い、男性の声から女性の声へと変換して配信しています。同じくVTuberの兎鞠まりさんの声を聞いて衝撃を受け、VTuberを始めることになったそうです。ボイスチェンジャーを使うだけでは聞き苦しい音声になってしまうため、裏声を駆使するなど、自然な声で歌うための工夫を重ねたといいます。
「当初は『ロリキャラ』など自分とかけ離れたキャラクターを演じていました。ただ、それは声的にも、自分のキャラクター的にも負荷が大きかった。
長く活動しようとすると、無理のある声では続かない。いまのセイ・クイーンの声は、練習や試行錯誤を経て、無理のない自然な声と、自分が納得できる声の一致点を探った結果です」(セイ)
拡張する「私の声」の範疇
議論は、林さんの「『私の声』とは何か?」という問いから始まりました。まず柳田さんは、「自分らしい声」という感覚は個人の感覚に左右されるとしながらも、録音音声に対する感じ方の変化に着目します。
「実験をしてみると、自分の声であれば、たとえ録音されたものであったとしても『自分らしい』と答える人が多いんです。近年、自分の声を録音で聞く機会が増えたので、自分の声のイメージが拡張されているのではないでしょうか」(柳田)
一方で、VTuberとして活動するセイ・クイーンさんは、「私の声」というよりも、そもそも「私という存在」から捉え直している感覚があるといいます。
「リアルの自分とセイ・クイーンとしての自分は、異なる存在のようにも感じています。セイ・クイーンの声がどの程度自分の声とリンクしているのか、『本当の私の声』なのかと言われると、正直よくわからないですね」(セイ)
両者の話を受けて、國見友亮さんからは、「声の自己認識の境界」を定量的に探る研究が紹介されました。
「自分の声と感じられる境界のようなものがあるのではないかと考えています。ボイスチェンジャーで変えた声を長期間使うと、それが自分の声に感じられるようになるという可能性もあります。
ソニーコンピュータサイエンス研究所の笠原俊一さんの研究では、自分と他者の顔をリアルタイムでモーフィングさせると、自分だと感じられる範囲があることが示されました。これは『モーフィング・アイデンティティ』といいます。声に関しても同様に、AIの発展によって、自分の声からどのくらい離れると『自分ではない』と感じるのかを調べる研究も始まっています」(國見)
声を変えると、「自己」も複数化する?
前セクションのセイさんの発言を受けて、林さんは、「私」と「他者」の境界について問いを投げかけました。セイさんは「リアルの自分とセイ・クイーンとしての自分は、異なる存在」だと言っていますが、林さんは「複数の私」がいるのでないかと指摘しました。
これに対して、セイさんは、ボイスチェンジャーを使うことで生じる「分人」の存在について語ります。
「姿も声も変わっているので、やはり普段の自分からはかなり遠く感じられるんです。いわば、リアルの私とセイ・クイーンの私、二人の『分人』がいるような感覚です。
声についても、両者のリンクはあまり強くありません。ボイスチェンジャーを使うとスイッチが入るので、声は重要な要素だと思いますね。アバターを使って姿を変えていても、声を変えるまでは、リアルの自分とつながっている感覚がありましたから。
声も変えるようになって初めて、『セイ・クイーンとしての私』が独立した存在になった。声は五感の中でも、アイデンティティを構成する重要な要素なのかもしれません」(セイ)
國見友亮さんは、セイさんの言葉を受けて、声が自己認識を切り替える重要なトリガーであると続けます。
「VTuberのねむさんが同じようなことを話されていましたね。声を変えることで、バーチャル空間での『ねむという存在』が確立されていく。
声の変化は、実空間での自己とヴァーチャル空間での自己を切り替える上で非常に重要な要素だと思います。ただ、それが別々の自己として分かれているのか、それともつながっているのか――そこに明確な答えはありません」(國見)
声が媒介となって、リアルとヴァーチャルのあいだに複数の「自己」が生まれる。その現象の奥深さが浮かび上がりました。
「理想の声」をつくれたとしたら?
セイさんはボイスチェンジャーを用いながらも、自分の発声をベースにピッチやフォルマントを調整しながら理想の声をつくるタイプのVTuberです。ただ現在は、AIを搭載したボイスチェンジャーの性能も上がりつつあります。
では、もしAIで自由に声を変えられるとしたら、VTuberの表現の可能性も広がるのでしょうか。國見さんは、そう簡単な話ではないと疑問を呈します。
「簡単に理想の声を手に入れることがポジティブな効果をもたらすのか、疑問です。試行錯誤しながらデザインしてきたという物語(ナラティブ)性のようなものが、VTuberとしての自己を形作るのに重要なのではないか、と私は考えています」(國見)
セイさんも「現実世界でも髪型を変えたりメイクを工夫したりすることで自分に愛着が湧くように、バーチャルでもそれは変わらない」と國見さんの意見に同意します。
これほどまでにVTuberにとって重要な要素である声。それが実際の自分を承認することになる、という例も。「自分の声がもともと嫌いだったVTuberが、配信で『声がきれい』と褒められることによって、自分の声を好きになっていく」ということがあるようです。
「はじめに紹介したように、自己肯定感の強さと『自分の声が好きかどうか』はかなり似た関係にあると思います。興味深い研究があるのですが、自分の声が苦手な人に、自分の声を『他人の声だと思って』聞いてもらうと、『思ったより悪くない』と感じることがあるそうです。つまり、実際に声が悪いわけではなく、自分を過小評価しているだけ、というケースが多いのではないでしょうか」(柳田)
自在に「別人の声」になれる未来はユートピアか
最後に、林さんが「自分の声を変えられるとしたら、変えたいか?」と問いかけました。
「自分の話ではないですが、アンケート調査では、およそ8割の人が『変えたい』と答えたそうです。ただし、その人たちも、自分の声を嫌いだというわけではなく、『変えられるなら変えてみたい』という程度の気持ちらしいです」(柳田)
「実際にボイスチェンジャーで声を変えることで、声によって広がる世界があると感じましたね。リアルの声だったらしないような喋り方をしていたりもする。『バフ』(主にコンピューターゲームで、自身のキャラクターの能力や所持するアイテムの機能が向上・強化すること)をかけられているような感覚です」(セイ)
「冒頭で紹介したパラキート効果を使って、賢そうに聞こえる声、社交的に感じられる声などに変えることで、行動や思考を変化させることもできそうです。もし日常の中でそれを自在に使えるようになるなら、ぜひ試してみたいです。
声は空間に広がり、自己の内にとどまらず外へと出ていく。身体と似ているようでいて、まったく違う性質を持つという点に注目しています」(國見)
声は、身体の一部でありながら、外へと響き、他者とつながるもの。技術によって声を変え、拡張できる未来は、自己のあり方をより柔軟にするでしょう。
一方で、「自分とは誰か」という問いを、これまで以上に私たちに突きつけるものにもなるはずです。変えられるようになったからこそ、自分や他者の声の意味を、考え直す時期にきているのかもしれません。
「今回のテーマは、声遊楽プロジェクトの大きな問いの1つである『私の声におけるゆらぎ』でした。研究者と表現者が混ざり合うことで、学術的な知見を踏まえつつ、実感を伴った手触りのある議論になったと感じていますし、今後の研究で取り組むと面白そうなことも見えてきたように思っています。対談の中でも出てきた通り、声は『私』を規定する重要な要因の1つだと考えていますし、声を変えられるようになることはポジティブな未来に繋がる可能性も大いにあると思います。その一方で、誰でも声を自由に変えられるようになると、様々な倫理的・法的・社会的な課題が生じてくることも考えられます。技術の進展が心豊かな社会に繋がっていくように、技術の良い面だけでなく懸念点もプロジェクトではしっかり考えていきたいと思います」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)。
***
★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①「私の声」の境界は可塑的である
録音・変声・長期使用によって、“自分らしい”と感じる範囲が拡張/移動する。顔の「モーフィング・アイデンティティ」に相当する、声の同一性境界が存在しうる。
②声は自己を“切り替える”実装であり、行動を変える
理想像に合わせた変声が行動・判断に影響する「パラキート効果」が示唆された。声はアバターと同等かそれ以上に、場面ごとの“分人”を起動するトリガーとなる。
③“完成された声”よりも、到達までのナラティブが自己をつくる
AIで即座に理想声を得ることは、必ずしも当人の愛着や表現の厚みを生まない。練習・調整のプロセスが自己物語を編み、持続可能な表現を支える。
④声のリフレーミングは自己肯定感を回復する
自分の声を“他者の声だと思って”聴くなどの介入で評価が改善するケースがある。外部からの承認フィードバックが、自己の声受容と表現意欲をポジティブに循環させる。
※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
「私の声」はどこまで拡張し、いかなる影響を及ぼすのか?:声遊楽クロスダイアローグ第3回【柳田耀×國見友亮×セイ・クイーン】
***
声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。次の回のテーマは「なぜ『女性声優の少年声』は魅力的なのか?」。視聴覚文化論・音声学・心理学の観点から、声をめぐる「こだわり」に関する問いを掘り下げました。
■日時
2025年 11月 28日 (金曜日)
18:00~19:30
(開催済)
■アーカイブ動画(全編無料)
▶▶▶YouTubeでのご視聴はこちら
■登壇者
・石田 美紀(いしだ・みのり)
新潟大学人文学部 教授 専門は視聴覚文化論。近年はアニメにおける映像と音声の関係からキャラクター表現を研究している。著作として『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』(青弓社、2020年)、『密やかな教育 〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(洛北出版、2008年)などがある。
・丸島 歩(まるしま・あゆみ)
北海学園大学人文学部准教授。博士(言語学)。専門は音声学、日本語教育。日本語教師養成に従事する傍ら、日本語音声に関する研究も行っている。ことばの性差における音声的特徴に関心をもち、女性声優が男女両方の役を演じる際の音声的特徴の違いを分析している。思春期をアニラジとともに過ごし、現在も声の表現を伴うエンターテインメントを楽しんでいる。
・林 大輔(はやし・だいすけ)
専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。



