新たな故郷を立ち上げるための旅:デジタル空間でのフィールドリサーチ報告記【連載:故郷とアイデンティティ 03】
いまだかつてないほどに流動性が高く、気候変動や紛争・戦争の影響により、自分の意思とは関係ないところでの「移住」の増加が予測される21世紀。そんな時代において、人々にとって「故郷」の概念や、自身の帰属意識やアイデンティティは今後どのように変わっていくのでしょうか。
そんな問いを探求するべく、Goldwin Field Research Lab.と一般社団法人デサイロ(De-Silo)は、コラボレーションプロジェクトを開始。哲学・宗教思想を専門とする関西学院大学准教授の柳澤田実さん、デジタルメディアを複合的に用いた美術作品の表現を追求してきたアーティスト/多摩美術大学美術学部准教授の谷口暁彦さんをお招きし、「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」という視点からフィールドリサーチを実施し、その成果を研究者とアーティストの両者が、作品と論考という形式にまとめていきます。
前回の記事では、プロジェクトでの目標として、柳澤さんは「あったはずの過去を取り戻すとは別の仕方で、故郷という人間の心の拠り所に向き合う方法を模索したい」と語りました。さまざまな場面で過去を取り戻すアプローチがとられているなかで、これを「故郷」に対する唯一の向き合い方とせず、別の方法を模索することが重要であるという指摘です。
【参考】故郷とアイデンティティ 02:気候変動により「故郷」が失われる時代。いま「ノスタルジー」を起点に考える重要性とは
本記事では、「故郷とアイデンティティ03」から一部を抜粋。プロジェクトメンバーがバーチャル空間に足を踏み入れ、新たな故郷を作り出すためのヒントを探ることとなりました。その背景について、谷口さんは「物理的な土地に紐づくことがなく、現実世界とは異なる時間が流れるバーチャル空間には、時間や空間の制約を超えて新たな故郷を生み出せる可能性があるのではないか」と語ります。
今回のフィールドリサーチを踏まえて、故郷に対するどのような視座が見つかったのか、調査の全容を紹介していきます。
柳澤田実
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。博士(学術)。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、何かを神聖視する心理に注目しながら研究している。
谷口暁彦
メディアアーティスト、多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース准教授。メディア・アート、ネット・アート、ゲーム・アート、パフォーマンス、映像、彫刻作品など、さまざまな形態で作品を発表する。主な展覧会に「SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016」(ソウル市立美術館、2016年)、「超・いま・ここ」(CALM & PUNK GALLERY、東京、17年)など。企画展「イン・ア・ゲームスケープ:ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]、東京、18–19年)にて共同キュレ―ターを務める。
原生林から商店街まで、新たな故郷に向けたヒントを探る
バーチャルの世界へとフィールドリサーチに向かったプロジェクトメンバーは、原生林や雪景色、商店街など、異なる特徴をもつ18の空間を歩くこととなりました。それぞれの空間は、インターネット上でアセットとして販売されており、ゲーム制作や映像作品の背景として使用されるものです。今回の調査では、数多く公開されているアセットの中から、SFのような突飛な世界観のものではなく、現実世界とのつながりが強いものを使用します。
各メンバーは三人称視点でアバターを操作しながら、ノスタルジーを感じた瞬間や強く印象に残った景色があれば、カメラで撮影していきます。これはビデオゲーム内で撮影を行う「インゲームフォトグラフィ」と呼ばれる写真表現を参考にしており、現実の写真とは似ているものの、どこか異なる質感や魅力を生み出します。
そうしたリサーチや撮影した写真の分析のなかで、バーチャル空間に新たな故郷を見つけ出し/作り出していくにはどのようなアプローチが必要なのか、現実世界とバーチャル空間の間にはどのような差異があるのか、なぜ多くの人がゲームをはじめとしたバーチャル空間やそこでの景色に惹きつけられるのか、といった問いに対するヒントを得ることを目指しました。
はじめは新しく手に入れた身体や目の前に広がる景色に戸惑う一同でしたが、辺りを歩き回りつつ、徐々にバーチャル空間へと体を馴染ませていきます。
しばらく周囲を探索する中で、まず話題に挙がったのは細部の作り込みでした。土地の起伏や木漏れ日、水面の質感などが精度高く再現されており、現実世界と見間違えるほど。その中でも、地面をふと見るとアリが行列を作っていたり、商店街の店に入ったときに手書きの看板が置かれていたりと、景色の細部に感じられる自分以外の誰かの痕跡に、没入感やノスタルジーを感じるといった声が挙がりました。
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本記事は2024年12月17日に公開された「故郷とアイデンティティ 03」より同名記事の一部を抜粋したものです。記事の全文はGoldwin Field Research Lab.のウェブサイトに掲載されています。
自分の知っているような日用品や景色、自分以外の誰かの痕跡……バーチャル空間から見えてくる、ノスタルジーと故郷のあり方とは?続きは下記のリンクよりご覧ください。
新たな故郷を立ち上げるための旅:デジタル空間でのフィールドリサーチ報告記
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