気候変動により「故郷」が失われる時代。いま「ノスタルジー」を起点に考える重要性とは──対談:哲学者・柳澤田実 × メディアアーティスト・谷口暁彦【連載:故郷とアイデンティティ 02】
いまだかつてないほどに流動性が高く、気候変動や紛争・戦争の影響により、自分の意思とは関係ないところでの「移住」の増加が予測される21世紀。そんな時代において、人々にとって「故郷」の概念や、自身の帰属意識やアイデンティティは今後どのように変わっていくのでしょうか。
そんな問いを探求するべく、Goldwin Field Research Lab.と一般社団法人デサイロ(De-Silo)は、コラボレーションプロジェクトを開始。哲学・宗教思想を専門とする関西学院大学准教授の柳澤田実さん、デジタルメディアを複合的に用いた美術作品の表現を追求してきたアーティスト/多摩美術大学美術学部准教授の谷口暁彦さんをお招きし、「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」という視点からフィールドリサーチを実施し、その成果を研究者とアーティストの両者が、作品と論考という形式にまとめていきます。
本記事では、「故郷とアイデンティティ02」から一部を抜粋。プロジェクトのナビゲーターを務める柳澤田実さんと谷口暁彦さんの対談を実施しました。
柳澤田実
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。博士(学術)。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、何かを神聖視する心理に注目しながら研究している。
谷口暁彦
メディアアーティスト、多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース准教授。メディア・アート、ネット・アート、ゲーム・アート、パフォーマンス、映像、彫刻作品など、さまざまな形態で作品を発表する。主な展覧会に「SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016」(ソウル市立美術館、2016年)、「超・いま・ここ」(CALM & PUNK GALLERY、東京、17年)など。企画展「イン・ア・ゲームスケープ:ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]、東京、18–19年)にて共同キュレ―ターを務める。「虚構としての過去」にノスタルジーを見出すZ世代たち
──今回、「故郷とアイデンティティ」というテーマに対し、柳澤さんからは「故郷喪失・ノスタルジー・原体験」という3つのキーワードから応答いただきました。まず、このテーマを設定された背景について、改めてご説明いただけますか。
柳澤:根底には、気候変動がもたらす故郷喪失への関心があります。今年の夏もとてつもない暑さでしたが、光も以前と違ってきていますし、雨の振り方も違ってきています。これが続けば植生も変わって、多くの人にとっての懐かしい風景がこれから確実に失われていくという状況のなかで、「ノスタルジー」の問題から出発することは、いまの現実を捉える上で最もごまかしの効かない問題設定ではないかと思いました。
ノスタルジーを研究する心理学者のクレイ・ラウトリッジによれば、「ノスタルジー」には個人の帰属意識や自己継続性の感覚を強化する作用があり、将来に不安を感じ、現在に苦痛を感じているときほど、人はノスタルジックになる傾向があると言われています。ですので気候変動や物価の高騰などにより、将来に不安を抱える「Z世代」の若者たちの間でノスタルジーブームが起きていることは、ある種当然の流れであるとも言えます。
──例えば、Netflixの人気ドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス』やY2Kファッションなど、そうしたコンテンツがZ世代に人気ですよね。
柳澤:そうですよね。面白いのは、彼らが自分の幼少期の体験を追体験して懐かしさを感じているわけではなく、直接体験したことのない時代の文化や製品にノスタルジーを見出しているところです。言ってしまえば、それらは彼らにとっては完全なるフィクションで、実際に取り戻すべき何かが存在しているわけではないのです。
若者たちの「虚構としての過去にノスタルジーを見出す」姿勢は、18世紀以降アメリカで繰り返し起きてきたリバイバル運動や、2010年代以降の「MAGA(Make America Great Again)」現象の「あったはずの過去を取り戻す」アプローチに重なります。そうしたアプローチが悪いと言いたいわけではないのです。ただ普通に後ろ向きだし、そうしたアプローチで、私たちの実存的な問題が解決され得るのかについては、疑問が残ります。そこで「あったはずの過去を取り戻す」とは別の仕方で、「故郷」という人間の心の拠り所に向き合う方法を模索したいと思うようになりました。
──今回、リサーチテーマを定めるなかで、コラボレーターとしてメディアアーティストである谷口暁彦さんに参加いただけることになりました。どのような経緯で、依頼したいと思われたのでしょうか?
柳澤:以前からゲームなどのバーチャル空間では、人間が親しみや懐かしさを感じる「風景」のエッセンスが再現されていると感じていて、それ自体がノスタルジックだと認識しています。実際、そうした風景がすごい精度で再現されているからこそ、多くの人がバーチャル空間に惹きつけられるのだろうと思います。私自身ゲームをほとんどしないのですが、ゲーム空間を彷徨うことはなぜか好きなんです。何があの空間のなかの風景を、誰もが親しみを覚える夢のように感じさせるのか、現実世界とゲーム空間の間にある質的な差異とは何なのか、とても興味があります。これは、宗教を研究する私の主要関心事項である、リアル(現実的)とアンリアル(非現実的)を巡る存在論的な問題とも関係しています。
そこで今回は、ビデオゲームの空間やビデオゲームの一場面を撮影した写真表現「インゲームフォトグラフィ(In-game Photography)」にも詳しく、ご自身でもバーチャル空間を舞台とした作品を制作されている谷口暁彦さんとコラボレーションしたいと思い、お声がけをさせていただきました。なかでも、現実のシミュレーションとしてのバーチャル空間と、現実との関係をテーマにした『やわらかなあそび』は、以前からとても面白いなと思って、注目していました。今回のプロジェクトでは、谷口さんといろいろ議論をさせていただくなかで、自分だけでは到底思いつかないような形で「故郷」にアプローチする作品をつくりたいと考えています。
過去としてのノスタルジー、未来としてのユートピア
──谷口さんは今回のテーマに対し、まずどのような印象を受けたのでしょうか。
谷口:今回のお話をもらって最初に思い出したのが、『実家3D』という作品です。90年代後半から2000年代にかけラップトップの性能があがってきたことや、リアルタイムに音響処理や映像を扱えるプログラミング環境が登場し、コンピューター1台で行う音楽と映像のパフォーマンスを行うアーティストが数多く登場しました。そうしたシーンでは、カールステン・ニコライや池田亮司に代表されるように、ライブの中で格好いい幾何学的なイメージが多用されていました。それとは真逆のことをやってみたいと思ってつくったのが、この作品です。
実家にあるような日用品が3Dのオブジェクトとして描かれていて、それぞれに1つのサウンドファイルが割り当てられています。これらを360度のパノラマ画像で表示される3Dの実家の空間のなかに投げ入れながら音と映像を演奏していくライブパフォーマンスのためのソフトウェアでした。雑多な日常の風景をコンピューターのなかで描き直すという試みは、今まで誰もやっていなかったのではと思い取り組んだのですが、この時に感じていたことを「ノスタルジー」という観点からもう一度見直すことは、ひとつの方向性としてあり得るかもしれないと思いました。
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本記事は2024年10月1日に公開された「故郷とアイデンティティ 02」より同名記事の一部を抜粋したものです。記事の全文はGoldwin Field Research Lab.のウェブサイトに掲載されています。
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気候変動により「故郷」が失われる時代。いま「ノスタルジー」を起点に考える重要性とは
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