「女性声優の少年声」の不思議。身体・ジェンダーの限界を超える“発明”の仕組みとは?──声遊楽クロスダイアローグ#4レポート【石田美紀×丸島歩×林大輔】
私たちの身近に存在する無数の「声」。日常に溶け込みながらも、自己と他者、話者とキャラクター、あるいは人間と機械の境界を映し出す興味深いメディアです。
いま、ポップカルチャーにおける人間の声の技術の発展と、工学技術の進歩が相まって、声にまつわるさまざまな“間”がゆらいでいます。
「私らしさ」を規定している声が機械によって変質したとき、「私」という存在はどうなるのか?
2.5次元文化、VTuberなどの声は誰のものなのか?
こうした声をめぐるさまざまな問いに応え、未来の人間らしさ、「心の豊かさ」につながる文化を創造していくことを目指す「声遊楽プロジェクト」。その一環として開催しているのが、研究者や企業人、表現者らが垣根を越えて語り合う「声遊楽クロスダイアローグ」です。
第4回のテーマは、「なぜ『女性声優の少年声』は魅力的なのか? 人間の技術の魅力を探求する」。
登壇したのは、新潟大学人文学部教授で視聴覚文化論を専門とする石田美紀さん。北海学園大学人文学部准教授で日本語教師養成に従事しながら、日本語音声に関する研究も行っている丸島歩さん。そして、声遊楽プロジェクト・マネージャーである林大輔さんです。
日本のアニメでは、「女性が少年を演じる声」が多く登場しますが、実はこれは海外では当たり前ではありません。では、その声に惹かれるとき、私たちは誰の存在に心を動かされているのでしょうか。声の主か、演じられるキャラクターか、それともその境界に生まれるものなのか。
女性声優の少年声という、日本独自に発展してきた表現文化。それはいつの時代・場所でも「少年の声」として聞こえるのか、その魅力はどこにあるのか、AI技術の進化で声優文化はどう変わるのか──研究者であり、声優ファンでもある3人の視点からひもといていきます。
(Text by Shiho Umehara, Edit by Masaki Koike)
(登壇者プロフィール)
・石田 美紀(いしだ・みのり)
新潟大学人文学部教授。専門は視聴覚文化論。近年はアニメにおける映像と音声の関係からキャラクター表現を研究している。著作として『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』(青弓社、2020年)、『密やかな教育 〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(洛北出版、2008年)などがある。
・丸島 歩(まるしま・あゆみ)
北海学園大学人文学部准教授。博士(言語学)。専門は音声学、日本語教育。日本語教師養成に従事する傍ら、日本語音声に関する研究も行っている。ことばの性差における音声的特徴に関心をもち、女性声優が男女両方の役を演じる際の音声的特徴の違いを分析している。思春期をアニラジとともに過ごし、現在も声の表現を伴うエンターテインメントを楽しんでいる。
・林 大輔(はやし・だいすけ)
専門はヒトの知覚・認知・感性に関する実験心理学。博士(心理学)を取得後、東京大学特任研究員、愛知淑徳大学助教を経て、2019年4月に日本たばこ産業株式会社(JT)入社。たばこ事業部の基礎研究所で研究開発に従事したのち、2024年10月からJTのコーポレートR&D組織であるD-LABに所属し、「心の豊かさ」という価値の多角的研究に取り組む。人間が好きで、アニメや芝居や声優やVTuberも好き。
いかにして「少年らしさ」はつくられるのか?
登壇者の一人目は、新潟大学人文学部教授の石田美紀さん。専門は美学で、現代のアニメや映画などポピュラーカルチャーを中心に、作品がどのように作られ、受け手がそれにどのように能動的に反応しているかを研究しています。
声とキャラクターの関係を考える原点になったのは、アニメ『銀河鉄道999』。主人公・星野鉄郎が女性声優(野沢雅子さん)によって演じられていると知ったときの驚きや、それでも物語世界がまったく揺るがなかった経験が、声とキャラクターの関係を考えることにつながったといいます。
研究を続ける中で、日本では当たり前とされてきた「女性声優が少年を演じる文化」が、海外では必ずしも一般的ではないことにも注目することに。
「女性声優が少年を演じることで、日本のアニメは何を得てきたのか、と考えました。子どもを声優として起用することの問題点のひとつに、シリーズもののアニメを制作するにあたって子どもを雇用することの難しさや、演技のクオリティの問題があります。また、暴力や戦争といった過酷なテーマを子どもに演じさせられるかどうかといったコンプライアンスにも関わる問題も当然出てくるわけです。そうした状況は、女性声優を起用することで解決されてきたのだと思います」(石田)
続いて登壇したのは、北海学園大学人文学部准教授の丸島歩さん。専門は音声学と日本語教育。日本語学習者がどのように音声を聴き取り、どのような音声で日本語を話しているのか、また「やさしい日本語」といった外国人とのコミュニケーションのための日本語表現などを研究しています。
高校時代には日本語そのものに興味を持っていましたが、大学で音声を録音・分析する手法に出会ったことが、音声研究へ進むきっかけになったといいます。
また丸島さんは、「女言葉」と呼ばれる話し方が、創作物の中で繰り返し用いられることで、あたかも現実の女性の話し方であるかのようにイメージとして再生産されている点にも注目してきました。
「こういう現象に対して、音声からアプローチしている研究はあまりないので、取り組んでみようと思いました。社会的につくられた『女性・男性らしさ』とは何かを考えようとしたときに、男性と女性はそもそも身体的な構造が違うので、両者の声の違いが身体的なものなのか、社会的なものなのかを切り分けるのがとても難しいんです。そこで、女性声優さんが男性役を演じる声に注目することで、そうした『らしさ』が少し見えやすくなるのではないかと考えました」(丸島)
そして3人目は、本プロジェクトマネージャーである林さん。もともとは視覚に関する実験心理学研究を行っていましたが、大学時代にアニメに本格的に夢中になり、その後声優やVTuberにも関心を広げていく中で、「ポップカルチャーにおける声」を研究テーマとして扱うようになりました。
最近の林さんの研究では、同じ文章を10名の女性声優に「幼い少女」「少年」「中高生程度の少女」「大人の女性」「老婆」という5種類のキャラクター設定で読んでもらい、それらの声を参加者にさまざまな表現語を用いて評価してもらいました。その結果、「年齢」「大人の女性らしさ」「少年らしさ」という3つの軸が見出され、キャラクター設定ごとに受ける印象は、声優が誰であってもおおむね共通していることが示されました。
「女性声優の少年声は、中高生程度の少女の演技音声よりも少し低めだけれど、一方で少し明るかったんです。声の高さは基本周波数、明るさはスペクトル重心というパラメーター(指標)と関連すると言われていますが、どちらも身体の大きさと関連するため、通常、両者は相関しており、また子供よりも大人の方が、女性よりも男性の方が低くなります。でも、少年声は『低いけれど明るい』声でした。そういう独特のバランスで『少年らしさ』が作られている可能性があります。それを私たちが文化的に学習しているのか、それとも、日本以外の人や世代の異なる人が初めて聴いても『少年』と感じるのかはまだわからないのですが」(林)
「リアルにはない声」だからこその魅力
議論は「女性声優が演じる少年声の魅力とは何か?」という問いから始まり、研究的な視点とファンとしての視点が交差しながら展開していきました。まず林さんは、少年声が「リアルには存在しない声」である点に注目します。
「現実には存在しない声なのに、少年の声として聞こえる、という点に面白さを感じます。人は慣れ親しんだものには安心感を覚えつつ、“ほどほどの新しさ”のあるものには魅力を感じることを示した研究があります。その意味でいうと、女性声優の少年声は“少し変で、でも許容できる”ところに魅力があるのではないでしょうか」(林)
続いて石田さんは、人前でマイクを持つと声のモードが切り替わるように、声は身体的特徴から比較的自由であり、その曖昧さが可能性を広げていると指摘します。そして、その「操作性」の高さがジェンダーの揺らぎを生み出すという点についても。
「女性声優の声のあり方は、女性・男性という二元的なジェンダーに揺らぎを与えていると思います。たとえば、『幽☆遊☆白書』の蔵馬という男性キャラクターが、フィリピン版では女性キャラクターに変換されているんですが、それは日本版で女性声優(緒方恵美さん)が演じていることと無関係ではないでしょう。海外では、女性声優の少年声を『少年』ととらえる素地がなかった。
男性を男性が演じることはストレートな表現ですが、そうしないことでキャラクターの非実在性を高め、さらにキャラクターとしての完成度をあげている。そこに魅力を感じます」(石田)
丸島さんも、林さんと石田さんが語った「リアルにはない声」の魅力に強く共感します。その一方で、どれほどフィクショナルであっても、なお滲み出る“その人らしさ”にも惹かれると語ります。
「男性として演じられている声でありながら、男性の身体を脱している。だからこそ女性の声との比較が可能になるという点に、研究上の魅力を感じています。その一方で、声優は性別も年齢も幅広く演じることができますが、よく聴くと共通する“その人ならではの部分”があります。それを探すことの楽しみもありますよね」(丸島)
アニメでは声優の身体が見えないため、演じている最中は声が身体から乖離し得る。乖離していることと、乖離していても滲み出る“本人らしさ”の両面に魅力があるのではないか、と2人の話を受けて林さんはまとめました。
「文化」と「個人」のあいだで揺れ続ける声
前の議論を受けて、話題は「人は実際にどのように声を聴いているのか」という問いへと移りました。しかし、その聴取の仕組みを研究しようとすると、さまざまな難しさが立ち上がってきます。
丸島さんは、大学生を対象に行った聴取実験を紹介します。
「『女性が演じる男性声では、男のキャラクターに聞こえない』という学生が一定数いました。現在は、少年役や男性役を必ずしも女性声優が演じるわけではないからでしょう。どのような声を『少年らしい』『男性らしい』と感じるかは、世代や触れてきた文化によって揺れ動くのだと思います」(丸島)
林さんもこれに同意しつつ、さらに「どんな声に魅力を感じるか」という点にはより個人差があり、データとして扱う難しさがあると付け加えました。
石田さんは、この「聴き方の揺れ」を踏まえ、鏡音リン・レンの例を挙げます。リン・レンは、一人の女性声優が声質を変えて少女・少年を演じ分けたボーカロイド。そこには日本のアニメ文化が培ってきた「らしさ」が反映されていると指摘します。
「キャラクターというものがどこまで拡張できるのか、ということを考えました。一人の声優が声質によって異なる性別のキャラクターを演じ分けるということは、我々が事前に共有している『少年らしさ』『少女らしさ』のようなものが担保されてるからこそ成り立ちます。これは日本のアニメ文化の発想です。でもこれは当時だからこそ成立した表現で、今の大学生が同じように聴くとは限りません」(石田)
こうしたやりとりから、女性声優が少年や男性キャラクターを演じるとき、聴き手がそれを“自然”と感じるかどうかは、客観的な基準ではなく、経験や世代、触れてきたコンテンツに左右されるという点が浮かび上がってきました。声の聴取は一様ではなく、文化と個人のあいだで揺れ続けるものなのです。
「あの人の声だ」という感覚はどこから生まれる?
ここから話題は、少年声が生み出すジェンダーの揺らぎへと発展していきました。
「そもそもアニメなどにおけるフィクショナルな少年の存在が、実際の少年から離れているのかもしれません。そうした点で、女性声優が演じる少年声は親和性が高い。林さんも『少年声は男女の軸でいうと真ん中にあたるのではないか』とおっしゃっていました。少年は性別的には男性のはずですけど、フィクションの中では中間的なものとして扱われている可能性もあるのではないかと思います」(丸島)
「アニメ『宝石の国』は、宝石が擬人化されているのですが、男でも女でもない存在として描かれています。寄宿学校のような『架空の少年らしさ』が作り出されていて、キャラクターの一人称は『僕』。胸はぺたんこですが、原作者の市川春子さんによると、下半身のフォルムは女の子っぽくしているそうです。そして20人近くいるキャラクターの声は全員、少年役が得意な女性声優が担当しています。
“男/女”というメタファーを使いつつ、その二元性をキャンセルしたうえで、女性声優が少年声を当てていく。男でも女でもない存在を表現するために、何重もの構造がある。
その一方で、最後には声優個人の『その人らしさ』が浮かび上がってくる。虚構性を突き詰めると、声優の消しがたい存在感、身体性のようなものがあって、それを聴き手が読み取っているということでしょう」(石田)
林さんは、「その人らしさ」という点にさらに光を当てます。
「同じ人が違う役を演じていても、『あの人の声だよね』とわかる感覚を、『ダメ絶対音感』と呼んだりします。「女性声優の少年声」というカテゴリーはあっても、その中でも個々の声優の“その人らしさの成分”は声に残り続ける。ただ、この『あの人の声だ』という感覚を研究で解明するのはものすごく難しいことですね」(林)
こうして、「フィクションとしての少年らしさ」と「声優個人のその人らしさ」がどのように聴き手の中で成立しているのか、その複雑さと研究上の困難さが共有される議論となりました。
AI技術による多言語展開で失われうるもの
議論も終盤に差し掛かると、今年11月、「声の保護と多言語化協会」(VIDA)が発足されたことを石田さんが紹介。音声AI技術を活用してアニメやドラマの多言語展開(翻訳・吹替)を推進すると同時に、声優・アーティストの「声の権利」を守ることを目的としています。
こうしたAIによる多言語化の技術について、「それは本当に『本人の声』といえるのだろうか」と石田さんは疑問を呈します。丸島さんも、この動きを日本語教育の現場から見た違和感として捉えています。
「母語と外国語で人格が変わる人がじつは多いんですよね。海外の人が日本語を使うとき、アニメキャラのようなしゃべり方になる人もいる。日本語話者の中で育まれてきた声の文化を、AIで多言語化することに一定の意義があるとは思いますが、逆にローカライズの面白さも失われてしまう恐れもあると思います」(丸島)
この指摘に続けて、林さん、石田さんも技術面と表現面の両側から慎重な姿勢を示します。
「技術的には実現可能だと思いますし、実際に開発している会社も思い浮かびます。一方で、それを“できるからやる”で進めてよいのかは慎重に考える必要があると思います。現地の吹替俳優などの仕事を奪うことになってしまわないか、といった社会的な側面にも懸念があります」(林)
「海外でも、日本のアニメが浸透して30年ほど経ち、“日本的なフィクション性”の強い表現を体得しています。現地独自のファンダムもあり、彼らがつくる声の文化も形成されてきました。そうした中で、AIによる多言語展開がどう作用するのか注視しています」(石田)
声は人格と紐づきつつ、枠組みにおさまらない
声優という職業には、一人の人間の中に複数の声を宿し、多様な人格や存在を生み出すという独特の魅力があります。声を変化させる技術そのものが、人間の可能性を大きく広げてきました。
しかし同時に、AIをはじめとする技術の発展によって声がデータとして扱われ、操作可能になることへの危険性も議論の中で浮かび上がりました。声は単なる音ではなく、身体と深く結びついた表現だからです。
「声は身体や人格と強く結びついています。そのため、勝手に変えられたり、使われたりすることは、“音としての声のデータを利用された”という以上に、自分の身体から生まれた人格そのものを勝手に扱われた、という感覚につながりえます。一方で声優さんたちは、自身の技術により、たとえば女性が男性を演じることもできるわけですが、この点について、声優さんたちはどのような感覚をもっているのでしょうか?」(林)
これに応答して、石田さんは声優・緒方恵美さんのスピーチを紹介。
「2022年の声優アワードで、緒方さんが主演女優賞を受賞されたとき、なぜ女優賞なのかと疑問を呈しています。そして『声優はもともと性別や年齢、姿形を超えたところで表現をしている。声と身体、キャラクターとの関係はもっと多層的で、身体的な男性/女性と直接結びつくものではない』といったことをおっしゃっています。演じるとは、自分とは異なるキャラクターや“違う自分”を生きる行為であり、その豊かさは既存の性別の枠組みでは収まりません」(石田)
たしかに声は人格・身体と強く結びつく一方で、それを越えていくものでもある。その曖昧で豊かな領域が、声優を語る上でも、声の未来を考える上でも避けて通れないテーマであることが、議論を通じて改めて浮かび上がりました。
「今回の声遊楽クロスダイアローグは、異なる専門分野の研究者3名での対談となりました。互いに初対面だったのですが、『声優ファン』という共通項もあり、また声への関心も相まって、多様で深い議論ができたと感じています。研究者としての観点とファンとしての観点を行き来しながら、あるいは両者が混ざり合いながら進んだ対談は刺激的で、異なる研究分野を専門とするもの同士が交じり合って、同じ対象について研究議論をすることの可能性を感じられる面白い時間でした。プロジェクトの大きな問いの1つである『声におけるその人らしさ』を考える上でも重要な観点を沢山いただけましたので、引き続き、人間の声の技術とその魅力について、さまざまな角度からアプローチしていければと思います」(プロジェクトマネージャー・林大輔さん)
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★今回のクロスダイアローグから得られたインサイト
①「女性声優の少年声」は文化的合意に基づく“発明”である
女性声優が演じる少年声は、実際の少年の声の再現ではなく、人間の技術によって生み出された「現実には存在しない声」である。それは日本のアニメ文化における一種のコードとして機能している。
②声は身体的ジェンダーを脱構築し、多層的な存在を生む
声優は、肉体的な性別や年齢から離脱し、フィクションとしてのキャラクターを演じることができる。このとき、声は「男/女」という二元論を無効化し、演じ手とキャラクターが混ざり合う多層的な魅力を放つ。
③聴取体験はユニバーサルではなく、文化的リテラシーに依存する
「女性の声に少年を感じる」という認知は、世代や文化的背景(アニメ文化への接触度など)によって異なる。この表現技法は普遍的なものではなく、受け手の学習と経験によって成立する文化的現象である。
④AI時代だからこそ、代替不可能な「その人らしさ(身体性)」が価値を持つ
AIによる多言語化や音声変換が可能になっても、聴き手は声優個人の身体から滲み出る「その人らしさ(ノイズや実存感)」を求めている。技術が高度化するほど、複製できない身体性の価値が逆説的に高まる可能性がある。
※本ダイアローグの全編は、下記のアーカイブ動画よりご視聴いただけます。
なぜ「女性声優の少年声」は魅力的なのか?人間の技術の魅力を探求する:声遊楽クロスダイアローグ第4回【石田美紀×丸島歩×林大輔】
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声遊楽クロスダイアローグでは、さまざまな分野の専門家をお呼びし、声をめぐる文化や可能性を広く探求しています。次回にあたる第5回のテーマは「『声』に誰を見るのか?声とキャラクター、声のバーチャル性を考える。社会学の研究者、美学の研究者、AIキャラクタービジネスの社会実装を目指す企業人の視点から、声をめぐる「つながり」に関する問いを掘り下げました。
■日時
2025/12/22(月)
18:00~19:30(開催済)
■場所
YouTube配信(全編無料)
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■登壇者
・明渡隼人(あけど・はやと)
2017年12月に株式会社Pictoriaを設立。現在は主にAI技術を活用したエンタメ・サービス開発に注力している。2019年にバーチャルYouTuber「斗和キセキ」をデビューさせ、クラウドファンディングにて約1,500万円のご支援を頂く。 以降、2020年にはAIを掛け合わせたAIVTuber「紡ネン」をリリース。 2023年には世界初のAITuber事務所「AICAST」を発表。
・永田大輔(ながた・だいすけ)
明治学院大学等非常勤講師。専門は文化社会学、メディア論、アニメ研究。アニメ文化を表象のみならず、産業・受容(消費)者・技術の関係に着目。中でもビデオ技術等を通じてアニメが趣味文化として成熟していったプロセスを研究。プロジェクトでは声優について研究中。単著『アニメオタクとビデオの文化社会学——映像視聴経験の系譜』青弓社、共著に『産業変動の労働社会学——アニメーターの経験史』晃洋書房、編著に『アニメの社会学——アニメファンとアニメ制作者たちの文化産業論』ナカニシヤ出版他多数
・松本大輝(まつもと・ひろき)
美学者。専門は分析美学におけるフィクション論。虚構の経験と現実の経験との絡み合いを精緻に議論するための枠組みを模索しつつ、スポーツや現代のポップカルチャーなどのさまざまな領域へと拡張する可能性も追究している。とりわけバーチャル文化における音や声のあり方が目下の関心事。



